日々の出来事(日記)や思いつくままの事などを書いています。

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2018年

11月

09日

音楽堂

ここは私が、幸せなひとときを過ごせる場所です(もともとは漆喰壁に塗られた土蔵でした)。2階には、CDほか、音楽メディアのライブラリー(1万点以上)。1階は、それを聴いたり視聴したりするスペース、そして「マイ酒場」というところです。

入口に鎮座する「Vespa」と「音楽」とは直接関係はないのですが、原付のナンバープレートを更新し続けていながら、ガレージに眠っているデザイン的には優れた乗り物に、少しでも彩りを添える役割を担ってもらい、税金分の出演料を回収しようという魂胆です。が、それなりに画になっています。

昼間は周辺のゴミやら余計なものまで目につきますが、夜は、このロケーションが際立って、音楽堂を盛り立ててくれているのです。

 

 

 

 

 

 

2018年

10月

27日

弾き語り

今年のボランティア演奏ツアーのしめくくりとして、もと居た職場のバザーで弾き語りをしました。

 

今年は、老人の集い、地域の村おこしイベント、福祉の集会等々、よく舞台に上がる機会がありました。ただし今回以外は、ギター伴奏、バンドメンバーとしてのギターというポジションでしたので、歌をうたうことはなかったのですが、このバザーのステージでは、ソロで3曲ほど披露させてもらえました。そしてギター1本だけの伴奏もいいんですが、私にとってはギター1本で曲をまとめる、という完成度に不安があり、今回、ベースを友人に、あとドラムスとキーボードに、幼稚園の若手女性に参加いただき、アンサンブル形式のサウンドをバックに、気持ちよく歌うことが出来ました。これを機に、一人歌いのレパートリーを増やして、いつでも数曲はレパートリーとなるように練習していきたいと思っています。

 

ありがとう、協力いただいたメンバー達、そして下手な歌を聴いてくれた保護者の皆様、子供たちに感謝します。

 

 

 

2018年

10月

17日

亀岡・夢コスモス園

今年も亀岡・夢コスモス園が開催されていたので、本日行ってきました。例年のとおり案山子コンテスト、販売・飲食テントなどもあって、コスモスを見たり撮影したりするだけでない趣向が凝らされています。平日でも、結構、賑わっています。現在、コスモスは満開、今が見ごろとなっていますが、花によっては枯れた花柄が残っていたりしているので、ズーム撮影の際には要注意です。

 

 

2018年

10月

12日

マツタケと燃料問題

亀岡市運動公園の傍で現在開催している「夢コスモス園」の販売所でいただきました。初物です。

私が子供の頃ですから約50年以上前になりますか、地元の山ではマツタケがたくさん採れました。背中にしょった竹かごの中には、たくさんのマツタケ、一番よく食べたのが、薄く切って炭火で焼いて醤油を垂らしたマツタケでしょうか。風味と食感、最高の食べ方でした。そして吸い物にもしたし、スキヤキの具にもしました。贅沢ですね、今思えば。いろいろ食べつくして、最後、余った身を適当に切って御飯と一緒に炊きます。そう、マツタケご飯は、最終段階での料理法という位置づけでした。その後、希少価値が出てからは、少ない具を、いかにして大勢で味わうことができるか、ということで選ばれた料理も、このマツタケご飯だったようです。それが、今では一般には入手できなくなり、この時期に行われる法事などで、少し出される程度、ほんとに珍しい食べ物となりました。

近年、マツタケが山地で採れなくなったのは、日本の燃料問題と関係していると言われてきました。つまり、人々はかつて家庭で風呂を沸かしたり調理の燃料として、割木、柴、枯れて散った落ち葉などを使っていましたが、石油やガス、なにより電気の普及により、山から燃料を持ち帰ることが無くなりました。そして山一帯には落葉が山積し、枝葉も堆積、木々は伸び放題でマツタケの発生に必要な松の成長をじゃまします。また近年ではシカやイノシシがあたりかまわず木々の新芽、葉っぱなどを食いちらします、そんなふうにしてマツタケが成長する環境を壊されて、生産料は減る一方、1本のマツタケに数万円の値がつくような時代になってきたのです。

たかだか50年ほどの間に、日本人の生活もずいぶんと様変わりしていますが、マツタケだけを見ても大きな変化があったものだと、この弁当の隅の米粒をつつきながら思うわけなんです。

 

 

2018年

10月

08日

デンマークの風景

京丹波町の運動公園の9号線沿いに、かつて「ビジョンダンマーク」という建物がありました。今から約25年前にスペインで開かれたセビリア万博のデンマーク館を10億円をかけて移築したものでした(移築当時はミュージシャンが演奏したり展示あったりと文化芸術の拠点という位置づけだったようです)。が、結局、それから数年後、これといった有効活用がなされずに、今年(2018)、解体され、現在は、草ぼうぼうの更地となっています(この写真)。解体されたことは知っていましたが、現地の状況を見ていなかったので、本日、ちょっと撮ってきました。

ただ・・・9号線に設置された案内板(ビジョンダンマーク)は解体後も残っています。

ビジョン(風景・景色)、ダンマーク(デンマーク)なので、「デンマークの風景」、まぁ建物を指すこともないので残しているのでしょう。草ぼうぼうのデンマークの風景です。

こちらの写真は、今年の1月撮影。まだ建物は建っていました。このあと、解体工事となるわけですが、その費用もなかなかのものだったそうです。

「安心安全の(←薄くなって見えにくくなっています)京都丹波ブランド」という標語とウシやブタの絵を描き、地元のPR看板として使おうとしたところ(いつ頃から描いたのかは不明)以降、この建物の悲劇がはじまりました。

パビリオン、ある意味芸術作品ですからね。

 

 

 

 

 

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