とりあえず日々の出来事(日記)や思いつくままの事などを書いてまいります。

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2018年

2月

20日

おはぎの丹波屋

以前はあちこちにありました(関西方面だけかな、とんでもない田舎の道路沿いにもありました・・・・篠山IC付近)。そして亀岡駅前にもありました(現在は不動産屋になっています)。

先日、JR円町駅を利用したついでに、円町交差点を通りましたら、相変わらず格安チケット店の隣にありました(ここは比較的新しい店です)。その丹波屋の店舗数が少なくなった理由が知りたくて、ネット検索してみても、いまいち分かりませんでした(経営縮小等々一般論ありましたけれど・・・)。それで、ついでに分かったこと、京都府内には、この円町店と祇園南座向かいの店の、たったの2店舗だけのようです(隆盛期には数十店舗はあったはずですが、どないなったんやろう?)。

 

血糖値気になる身としては、食べたい気分は抑えつつ(写真だけは撮りますけど)、京都府内には、たった2店しかないという事を知り、和菓子の激戦区・京都での営業の難しさを痛感いたしました。

 

 

2018年

2月

15日

錦天満宮

本日、京都市内へ、用事終わって大丸あたりから錦通りを東へ、つきあたりの新京極に来ると見えてきます(写真)。

この鳥居は昭和10年に建てられたものですが、区画整理時の設計ミス(鳥居の柱の幅だけしか道幅を取らなかったこと)によって、隣接建物に鳥居の両端がめり込んでいる様子は有名です。ブラタモリでも紹介されました。

 

 

2018年

2月

12日

山折哲雄「定年と第二の人生」講演会

本日、ガレリアかめおか2階大広間にて第79回コレージュ・ド・カメオカがありました。講師は宗教学者の山折哲雄先生、「定年と第二の人生」という演題でした。講師の知名度もあるし、自身の境遇の参考にもなるのかと思い、聴きにいってきました。

 

この講演を知った時に、あの山折先生が「第二の人生」をどう語るのだろうかと期待していましたところ、やはりというのか、ありきたりの人生論ではなく、ある意味、過激な「第二の人生」を話されました。まず人生を古代インドの考えを引用して、四住期という四分類の話を出されました。一つ目は「学生期(がくしょうき)」、学びの時期のことです。次に「家住期(かじゅうき)」、結婚して家庭を持って暮らすことです。一つ飛ばして、四つ目は「遊行期(ゆぎょうき)」、これは釈迦とか仙人のような方、俗世間を離れ、世に出て人々を救う時期というものです。今回の演題で言おうとしているのは三番目「林住期(りんじゅうき)」でした。林(森)に住む、つまり家を出て(出家して)旅をし、勝手気ままに、本当にやりたいことを一年でも十年でもやるということだと解釈しました。その代表格の歴史上の人物として、西行法師と松尾芭蕉を出されました。二人とも若くして出家して、旅に出て、俗人と交わり、時々は家に帰り家族と会う、そしてまた旅に出る、ということを実践し、和歌・俳句を残している、と説明されました。はっきりと言われませんでしたが、定年後の第二の人生は、「家住期」を終え、「林住期」を目指せ、というところのようです。しかしながら我々凡人には、西行や芭蕉のようには、なかなか出来ません、とっても過激ですね。

 

今回の講演会は一時間余りの短い時間でしたので、演題に沿った深い話というよりも、インドの四住期の話、俳句のリズムが人生を活性化する話、亀岡市も中高生を対象として来年度から歌会始めをしてはどうかとう提案、等々と、あれこれと脱線ぎみのところで終了してしまいました。やや消化不良、物足りなさはありましたが、生き方、心の持ち様、健康、といった人間の普遍的な価値観を教えられて、とても勉強になりました。林住期が臨終期にならず、遊行期にまで行ければ、こんな素晴らしいことはありません。

 

 

2018年

2月

07日

映画の看板

映画館で手描きの看板を見なくなってずいぶん経ったように思います。そして、こういう画を描く方も少なくなってきたのでしょう。この写真は、私が2013年、東京の青梅市を訪れた際に、JR駅舎の壁に貼られていたものを撮りました。駅にちなんだ映画の看板ばかりでした。

 

2018年

2月

03日

戦争を知らない子供たち

今朝の朝日新聞朝刊の別刷りに杉田二郎さんの「戦争を知らない子供たち」という曲が取り上げられていました(朝日新聞はそんなに好きではありませんが、こういう文化欄が充実していること、美術展の割引券をよくくれること、我が地に夕刊を届けてくれる唯一の新聞、という事情により購読しています)。

 

この曲は杉田さんの加入しているジローズのヒット曲として知られていますが、この記事にも書かれているとおり、もともとは1970年大阪万博で行われたアマチュアバンドのコンサートのテーマ曲として作られたもので、最初は、その実況版がレコード化されたのです(「え~っと、僕ら戦争を・・・」という北山修さんのMCから始まります)。

 

この記事を読み、そういえば我が音楽堂2階ギャラリーに、そのアナログレコードあったな、と思い、確かめて写真に収めました(この写真)。万博ホールの前にあった噴水前での集合写真がジャケットになっています。今は万博ホールはありませんが、かつてこんな場所あったなぁ、と昨日の「深夜放送ファン」に続き70年回顧のブログ投稿でした。

 

 

 

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