とりあえず日々の出来事(日記)や思いつくままの事などを書いてまいります。

ブログについてコメントがありましたら、タイトルをクリックして書き込みください! 

2017年

6月

21日

GoogleMapに投稿中

 



あちこち行って写真撮るのが好きな私は、最近、Googleマップに、行った場所の写真をアップしてみようと思いつき、過去に行ったことのある地点に投稿しはじめました(投稿するためにはGoogleローカルガイドという手続きをしなければなりません、投稿回数等に応じてレベルが上がっていきます、ポケモンGoを自分だけでやっているのと同じでしょうか、ただし「集める」のではなく、その場所に画像を補充する、みたいな)。
また地元「ききょうの里」「谷性寺」「篠葉神社」などの写真も大量にアップしていて、ききょうの里の関係者から「最近遠方からクルマで見に来る人が多いんやけど?・・・」とか言われたりすると、ひょっとしたら私の投稿した写真を見て、やって来たんではないかと、一人ほくそ笑んでいるのです。

そして時々「あなたの投稿した写真の表示回数が~回をこえました」というメールがGoogleから来ます。昨夜、15万回という通知が来て、喜んで本日の朝を迎えました。

 

2017年

6月

19日

EXPO'70の記念ペナント

家の倉庫(昔のグッズやらいろいろわからんものばっかりがぎゅっと詰まった部屋)を整理していたら、1970大阪万博の時(中学生の頃)に買ったとおぼしき記念ペナントが出てきました。よく見かけたことのある「伊勢志摩」とか「伯耆大山」とか、その観光地の名前を景色などであしらった三角形の旗みたいなものです(よくサッカーの国際試合などの開始前にチーム間で交換しているのと趣旨としては同じようなものでしょうか、形は違いますが)。

 

当時、名所旧跡などのみやげ物売場では、たいてい販売していて、買った人は、部屋の壁などに貼って楽しむ、そういうものでした(が、最近の様子は、どうなんでしょう?、みやげ物屋さんをじっくり観察したことはありませんが、昔ほどの需要はないでしょうね)。人類の進歩と調和という未来志向の博覧会場(EXPO'70)でさえ、このみやげ物があって、田舎者の私は、ここぞとばかり「記念に」買ったのでしょう。が、部屋の壁に貼ることも無く、種々雑多なグッズとともに約半世紀の眠りについていたのです。

 

せっかく出てきたものです、ペナント自体は遜色ありませんし色落ちもあまりしていません。台紙は年月の経過で黄ばんでおり、ペナントと切り離して捨てることにしました。そして、たまたま貼っていた太陽の塔の設計図ポスター(こちらは2年ほど前に万博公園内で太陽の塔の特別展があった際に購入)とセットで「部屋の壁」に貼ることにしました。待っていたかのようなマッチングではないでしょうか。

 

2017年

6月

15日

小学校への通学路を自転車で

月に一度の小学校前での「朝の挨拶活動」。7時半頃が目安ですが、今朝は少し早い目に出て、自転車で通学路を走ってみました。小学校までは、自宅から約2キロ、徒歩で30~40分、自転車なら10分そこそこ。もちろん私の母校ですが、当時(50年前)と変わったところといえば・・・、川の側は安全対策で柵、山の側はシカ対策で鉄柵(これで我々が下校時の道草=川に浸かったり山を探検したり・・・は難しくなっています、が今の子は柵がなくてもしませんかね?)、大きな道路に信号機と横断歩道、コンビニ、携帯電話の中継塔、校舎も・・・。そしてなにより変わったのは児童数の激減です。

 

 

2017年

6月

07日

西賀茂食堂のスタミナ定食

今日は歯医者の予約をしていた関係でもとの職場近くに行きました。そのついでに、先週に引き続き(あ、先週も病院の用事でした、ホント、病院・クスリは歳を取るとね、いっぱい診察券持つことになります)西賀茂周辺に行きました。先週はMKバイキングに行ったのですが、実は、その時、もう一軒行きたいところがあったのです。前回1日に二軒もハシゴするわけにもいかず、今日となりました。

 

その店は西賀茂食堂。30数年前、学生寮に住んでいて、学生たちが長期休暇で居ないときは寮の食堂もありません。したがって寮で作るか外食するかです。外食の時は、西賀茂食堂のスタミナ定食でした。そのメニューが今もあるのか気になっていましたし、そもそも西賀茂食堂がまだあるのかも確かめないといけません。で、歯医者の帰りに行ったのです。ありました。ありましたし、小型のトラックやら業者のバンなどが店の前に置いてあって、まあまあ流行っているのか、という状況でした。

 

店に入り、メニューみたらありましたありました。値段は、以前よりだいぶ上がっていると思いますが、味は30数年前と同じでした。弁当風の容器も一緒です。見た目は少ないのに、案外ボリュームあります。「スタミナ」ってついていますが、メインはトリ肉の炒め物です。けっこうアッサリです。あぁ懐かしい。

 

2017年

6月

06日

亀岡市交流会館と遊歩道、道標にスプレー?

先日、同じ町内にある亀岡市交流会館(オクラホマ州立大学日本校跡)に行きました。最近、砥石をテーマにした展示室が出来て、私はオープンした頃にちらっと見る程度に行ったのですが、その後、友人から「あそこの展示内容には偏りがある」との意見を聞いたので、再度、見直して見学しようと思ったのです。しっかり見ようと思いつつ、とりあえず周囲の建物の写真を撮っていましたら、施設の裏側、ハイキングコースのスタート地点に、こんな案内板があったのです(下の写真)。な、な、な、何??これって、ひょっとして古い時代の道標(石碑)に、スプレーがかかっているのか?と思い、私の興味は砥石よりも、この石に向けられたのです。それで、軽装でしたが、このハイキングコースの石碑の状態を確認すべく、山登りを開始しました。

「遊歩道」と書かれていましたが、私の印象では、愛宕山の登山道よりも険しい感じでした。これは「遊」びで「歩」く「道」ではないなと思いつつ、約15分程度山登りをしました。

頂上付近にその石碑ありました。ふもとの看板写真でスプレーか、と感じた赤い塗料は、粉状のものでした、たぶん。「西・・」「東・・」とか、道の分かれた地点に置かれていて、その刻印された文字を分かり易くするために塗られたような感じもしました。文化財の明示手法として、よくあることなのか、はたまた、そういう文化的価値を知らない人が分かり易ければ良いとして勝手にしたものか、わかりません。

が、もともとこの石の道標は、歴史的なものではないのか、そんなものに塗料とか付けてもいいのか、古いまま、文字が分かり難いまま、ではいけないのか?、という疑問もあります。

そもそも、このスタート地点の看板の写真だけを見た一般の人は、暴走族がスプレーで落書きしたのではないか、と思うのではないのかなと思いました。

これを確認しに登って、別の収穫もありました。なんと、眼下には、亀岡市の中心部が開けていて、絶景でした。こんなところが地元にあったのは驚きでした。

砥石のほうは、また後日、じっくりと見学したいと思います。

 

 

YouTube
「汽笛は泣いて」

矢野絢子

Starting of travel

▼駅のページ 旅の始まり

JR嵯峨野線の駅 他
JR嵯峨野線の駅 他
亀岡駅
亀岡駅
京都駅
京都駅

京都駅

Kyoto
Station

東京駅
東京駅

太田へのメッセージ

<PR・私の友人の店

American Retro Plate

ホーム へ戻る