◆口丹波民俗誌◆

はじめに

はじめに
 今から約20年前、昭和54年から55年にわたる2か年を調査期間として「京都府緊急民俗文化財分布調査」という事業が実施された。調査団長に柴田実、実務を京都府文化財保護課を中心とした府下在住の研究者・学校関係者・教育委員会関係者など57名の調査員が動員され、民俗文化財の各分野について、調査票により京都府内全域を調査するものであった。当時の調査要項によれば、この調査の目的は、次のようなものであった。

最近における産業経済の発展・社会構造の変化は、わが国の伝統的な生活様式、風俗慣習を急変させており、これにともなって有形・無形の民俗文化財は急速に失われつつある。この調査は、こうした現状を考慮して行うもので、府内にはどのような種類の民俗文化財があるか、それがどのような広がりをもって分布しているか、その実態を緊急に調査し、保存対策の基礎資料としての調査票を作成するとともに、その分布図を作成するものである。

 

つまり、現在、京都府下には、どのような民俗事象が残っているのかを調査し、各項目ごとの分布地図を作成するということである。調査地区は、府下150か所が選定されており、私の住む亀岡市においては9地区が選ばれている。私は、そのうちの4か所(神前・赤熊・犬飼・犬甘野)とハ木町鳥羽(現・南丹市八木町)の計5か所について、調査員として依頼を受け、調査にあたった。

 調査の顛末とその後の冊子発刊にいたる経緯については、巻末にゆずるとして、本来もっと早くに何らかのまとめをすべきところであった。諸般の事情があったにせよ、約20年もの間、まったく手がつけられなかったのは、私の不徳のいたすところである。当時、快く調査に応じていただいた話者の方々に対し、遅くなった事のおわびをするとともに、時期を逸した感はあるが、深く感謝の意を表したい。

 この冊子は、上記調査の事項を、自分の担当した5か所の村に限って簡単にまとめたものである。『口丹波民俗誌』とは、口幅ったい名称であるが、口丹波地域にある複数の村を、民俗学における分類項目に沿って総合的に調査したという理由による。本事業における調査地区は、亀岡市においては、別に5か所(民俗学会会員の橘氏が担当されている)や、園部町の各村なども選定されていたが、今となっては、それらを知る手だてもないし、時間的余裕もない。また、民俗学についても、学生時代に少し勉強したという程度であり、素人の域を出ないことは、十分に自覚しているつもりである。当時の調査事項を元に、新たに調査・研究を進めるような力量も持ち合わせてはいない。そのような実情であるにもかかわらずこの冊子を作成した理由は、唯一、調査に応じていただいた方々へのけじめである。京都府に提出した「調査票」のコピーを久しぷりに見直したが、正直、あまりにも杜撰な調査内容に、思わず一人顔を赤らめてしまった。しかし、そんな内容のものであったとしても、当時、貴重な時間を割いて聴き取りに応じていただいた数々の話者の「昔の話(残すべき文化)」をうずもれさす事よりも、当時の記録のまま、稚拙な内容のままでも、何らかの形として出すことを優先したのである。

 このような事由により、この冊子の内容は、通常の調査報告書にあるべき項目や最低限のおさえどころが欠落している場合がある。また、ひょっとしてこうではなかっただろうか、この事例は誤りではないか、といった箇所も多々あるかもしれない。あえて追加補充の調査をしなかったので、不明は不明のままである。その点は、ご了解ねがいたい。

 最後に、この冊子が、微力ながらも地元の古い民俗文化を知る参考となり、また現在失われつつある祭りや習慣・組織といったものが、かつては、活き活きとした文化として、地域の中で、あるいは家庭の中で育まれていた頃の時代を懐古する、ひとつの契機となれぱと考える。「そういえば、私の子どもの頃には、こんな行事もあったなあ」「家では、確かこんなこと、やっていたなあ」といったような話題となれば、幸いである。


 調査を通して多くの話者の方々より貴重な伝承を聞くことが出来たこと、また、20年もの後に、この冊子をまとめることで、再び何人かの方々と関わりが出来たこと、色あせた資料、古くなった報告書だとは言え、あらためて「口丹波の民俗」という形で学ぶ機会があったことは、自分にとって大きな収穫であった。重ねて、協力いただいた方々に感謝の意を表したい。

         


平成10年10月1日

太田貴久男

 

 




追記(2012.12.1. 記)

 ホームページへの掲載に際して・・・・、この冊子を発行してから10年以上の月日がながれました。その間、情報技術は飛躍的な進歩を遂げ、誰でもが世にあるさまざまな情報をパソコンやタブレット、スマートフォンから簡単に入手できる時代になりました。そんな時代になり、ひょんなことから、自分のホームページなるものを作ることとなり、さらにこのウェブサイトを、何か、これまでの成果発表の場と出来ないものかと考え、それならば、過去に書いた(出版した)ものを公開してみようと思ったのです。

 この冊子を書いたのは、今から15年ほど前のことです。また、この冊子の元になった調査を行ったのは、今から30年以上前のことです。当時、ご協力いただいた話者の皆様も、既にお亡くなりになっているかと思います。しかし、住んでいた地域や歩んできた歴史の中での事象は、何年たっても色あせることは無く、むしろ貴重な民俗史料として輝いてみえるのではないでしょうか。現代のテクノロジーを借りて、この輝きが広がることを願っております。

 


 

 

 

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