◆口丹波民俗誌◆

第3章 人生儀礼と信仰

第1節 産育

産の場所

 初めての子は、実家で出産する。次の子からは婚家で出産する。出産の場所は、ヘヤ・ナンド(どちらも寝室にあたる)であるが、鳥羽では、むかしウマヤ(牛小屋)で出産したこともあった。また同所では、難産のとき、れんげを口にくわえたという。 産の神として、神前ではマヤサン(摩耶さん)、鳥羽では大原さん・子安地蔵・荒神さんなどがある。ここで注目すべきは、烏羽の事例である。大原さんというのは、三和町にある大原神社のことであるが、産の神として、荒神さんを挙げていることが興味深い。つまり、竃(かまど)の神、火の神、と習合した荒神は、文字からも明らかなように、荒らぶる神である。火を媒介にした守り神の性格を持ちつつ、他からの魔物に立ち向かう激しさも備えている。医療の進んでいない古い時代には、悪霊などに侵されずに、無事出産できるよう、家のなかでも、最も強い神、清浄な神にすがり、安産を祈願したのであろう。

 

後産の処理

 後産(ユナ)のしまつについては、神前・犬甘野・犬飼・鳥羽ともに、墓にいける(埋める)。特に犬甘野では、後産をうめる場所が墓地内にある。ところが赤熊では、便所の踏み石の下に埋めるという。踏み石の下に穴を作り、後産を入れ、再び石をのせるのである。学説では、神前等のように、墓・床下・樹木の根など、人に踏まれない場所と、赤熊のように、踏み石・家の戸口など、よく踏まれる場所に埋める地域に分かれるとされ、後者は、縄文時代にその風があったといわれている。

 

生児のまじない

 赤熊では、出産直後、タンスの上にご飯を供えるという。また同所では出産後は6日間、部屋を出られないという。便所にもいってはいけないし、食事は家の人に運んできてもらって食べる。犬甘野・犬飼・鳥羽でも同様に、6日間、食事は部屋で食べる。神前・鳥羽では出産後6日目を「ムイカダレ(ムイカダチ)」と言い、児とともに家の風呂に入る。これを「コシユ(腰湯)」という。 どの地区でも男子は30日目、女子は31日目に宮参りをする。赤熊では宮参りの際、額に、朱(赤)で男は「大」、女は「小」と書き、お参りする。神前でも同様であるが、男子だけは、墨(黒)で「大」と書く。宮参りは、生後はじめての氏神まいりである。他の地方で「ヒアケ」「ウブアケ」などと呼ぶことより、産の忌(けがれ)が明け、はれて神にお参りを許され、氏子となる日と解釈できる。当日は、里方からの晴れ着を着せ飾り、行き交う人に見せ、子供達には菓子を配る。その地で社会的に認知され、成長を祝福される機会であった。 赤熊では、出産後100日目を「タベゾメ」と言って、実家から膳を持参し、あずきご飯を炊いて、子に食べさせるまねをする。 神前では、初誕生でお祝いをもらった家に、モチを配る。赤熊では、お客さんに焼きモチ(甘い味噌をモチにはさみ焼いたもの)を食べてもらう。

 

一人前の基準

 現在では、成人といえば、20歳で成人式と称して祝うことが一般化しているが、かつては、男子は15歳、女子は13歳頃をもって成年式が行われたようである。ただし、この丹波地域においてはとりたててそのような成人の儀式を行ったという事は聞かない。子供の社会から大人の社会への仲間入りの儀式が、成人式ということになるが男子の場合、青年会(団)への加入をもって、成人として認知されるようになったと言える。神前では、元服祝いといって、成人となった証にフンドシを贈ったという。女子の場合は、初潮祝いをもって大人の仲間入りということになろう。それぞれ村の貴重な労働力であり、婚姻が可能となることであったと思われる。 犬甘野では、「割木2束」と言って、割木を2束持つようになれば一人前という。割木は、普通の大人であれば6束は持てるという。

 

 

第2節 婚姻

婚姻

 婚姻には、嫁と婿の「両者の結合」と、双方の「家の結合」、さらには、「地域社会の承認」という3つの要素が含まれている。古代、『源氏物語』などにあるような、妻問い婚のように、夫が妻の家を訪ねて同居しない形式や、その発展形としての婿入り婚などが古い時代にはあったとされるが、中世、武士社会の台頭によって、現在一般的な嫁入り婚に変化したと言われている。この丹波地域では、婚姻方式を「ヨメイリ」と称する。 婚礼にまつわる習俗は、地域によって多少ことなるが、婚姻後の家を維持し、婚家の人となることを強調するという意味でよく似たものが多い。神前では、荷を担ぐときに使用した竹の杖を、婚家から帰る際、石などに叩きつけ割ってしまう。また嫁は、縁側から出て門口から入る。これは、戻らないようにとの意味。犬甘野・犬飼でも、入家の儀式として、嫁だけは門口から入り、客は縁側から入る。鳥羽では、嫁が自分の家をでる際、茶碗を割る。入家は、勝手口から入る。赤熊では、嫁に行く前に、親類などを呼んで祝う式のことをデゾメと言い、嫁をもらった家が、親類などを呼んで祝う式をヒロメと言う。

 

オハグロ

 神前・赤熊・鳥羽では、明治以前に婚姻後の嫁が、オハグロをしていたと言う。これは、鉄屑から抽出した黒い水を、歯につけ、黒い歯にそめる習俗である。

 

 

第3節 葬送

死後の習俗

 民俗学の一般的な解釈では、人が死ぬということは、霊魂(魂)が肉体を離れ、他の世界へ行くことという。そのために、死の直後には、魂が穢れないような習俗が多く見受けられる。犬甘野では、人が死ぬとすぐ神棚に紙を貼り、魔除けとして、死体のそばに切れもの(カミソリ・刀など)を置く。赤熊・犬飼でも刀や刃物を置くという。神前では末期の水を置く。烏羽では、人が死ぬと、黒米(玄米)を炊いて、カワラケの上にのせ、供える。神前では棺は、村内の大工が作った座棺で、葬式(葬送)の際は孫が担ぐ。これを「オオヤク」という。先頭を歩く男達を「センダツ」と言い、そのあとを、村内の女性がかたまって参列することを「ハイソウ」と言う。赤熊では、座棺か寝棺かは、生前の本人の希望により違う。棺の中には、六文銭・鈴・かたびらなどを入れる。鳥羽では棺の中に、塩・水・味噌を入れる。犬甘野でも2尺角(間四角)の座棺を用いる。この地域は、土葬である。神前では、土葬の際、穴を堀って、その上に竹竿を通し、カマ(鎌)をぶら下げておく。そのカマ(鎌)は、棺を埋めてから、土盛りの上に挿しておく。また家の門のところで送り火を焚き、愛用していた茶碗を墓の前に置き、水を入れ、シキビを浮かべる。赤熊・犬甘野でも、土葬の際、穴を掘ってから棺を入れるまでの間、カマをぶら下げておく。鳥羽では、出棺(葬送)の時に、棺の下に敷いてあったムシロを青竹で叩き、茶碗を割る。

 

 神前では、死後49日目を「ヒアケ」と言う。この期間が、3ヵ月にまたがること(ミツキマタゲ)はいけないので、35日で「ヒアケ」とする場合がある。これはイツタイヤ(5回目の逮夜)の日である。ところが赤熊でも、「ヒアケ」は49日目であるが、ミツキゴシ(3月越し)になるといけないので、ミナヌカ(三七日=21日目)にするという。この日までは、家の者は、神さん参りはいけないとされている。犬甘野では、死後神棚に紙を貼り、35日目に紙を取る。近所の人も35日目までは、氏神には参らない。家族の者は、1年間神さん(神社等)には参らないという。犬飼・鳥羽では、死の忌み(楡れ)のことを「ブク」と言う。身の濃い人ほどプクが長い。一般の人は、49日で忌みが明ける。家族は1年。7年目に、墓に石塔を建てる。

 

墓制

 丹波地方では、両墓制が顕著である。死体を埋める墓のことを、ハカ・ミハカ・ボチなどと呼び、詣り墓のことを、ラントウ・ラントと呼ぶ。一般に埋め墓の方は、村から距離をおいた山手にあり、詣り墓は、寺の一角にある。神前では、ラントウはカイチ(垣内)ごとにあり、石塔は、3.5.7年目のいずれかの彼岸の日に建てる。赤熊ではミハカが、カブチ(株内=中川の株、高向の株)で別別になっている。ラントウには、8月2日にタッチョマイリをするという。犬甘野では、家によっては、個人でラントウを持っている場合がある。また、ハカは、上ノ谷、中ノ谷、下ノ谷の別で、人家から離れた山中にあり、大人の墓・子供の墓(早産なども含む)・後産の墓の3ヵ所に分けられている。犬飼では、人が亡くなって3年間(実際は2年)は、毎年盆にハカにまいり、3年を越えるとラントウにまいる。これを「ムカワリサンネン」と言う。鳥羽では、葬式のあと1週間はハカにまいる。ラントウには、「ソウラントウ」と呼ぶカブ(株)あるいは家ごとの場所がある。また無縁仏も祀ってある。所在のわかっている人が、鳥羽の村内で死亡した場合、村の人は、その人の村へ送り返す。これを「オクリモン」と言う。また所在の分からない人が、村内で死亡した場合、ハカは、別の場所に埋める。

 

 

第4節 周辺の神々

山の神

 神前では、3月9日、佐々尾神社で神主が祈祷を上げる。その日の午前中は、山へ行ってはいけないといわれる。赤熊では、特に行事はしない。山の安全の神として、正月に祀る。犬甘野では、毎月9日が山の神の日として、この日は山へ行ってはいけないとされている。また、9日に山へ行くとケガをするとも言われる。犬飼では1月9日、各家から正月のモチを山へ持って行き供えた。ここには山の神の祠がある。昭和初期に賀茂川が氾濫し、石が必要となり、犬飼の石を採取した。その際に人足の安全の為に京都府が作ったものという。犬飼では、山の尾根は、山の神や天狗の通り道であり、山小屋などを建てる時はその道を避けるという。また山の神は、オコゼが好きである。鳥羽には、御神体としてしめ縄を付けたヒノキがある。1月9日が祭日とされ、この日は、山に鎌を入れてはいけないとされている。

 

家についている神

 神前では、天照皇大神宮・コウジンサン(荒神さん)・大原さん・氏神がある。赤熊では、(台所の)愛宕さん・秋葉さん・お稲荷さんがある。犬甘野では、三宝さん・氏神さん・お伊勢さん・愛宕さんがあり、それぞれ御札が祀ってある。赤熊・犬甘野では、便所の神として、正月にしめ縄を飾る。トンドで燃やす際、他のしめ縄とは別にする。

 

路傍の神仏

 神前には、道端・田の畦に地蔵がある。赤熊には、ダイニチサンがある。これは、牛の神さんと言われている。

 

犬飼の野神さん

 犬飼には、野神さん(田の神さんとも言う)があり、毎年7月に行事がある。野祭り、または牛祭りと言われる。普段、牛に世話になっているので、その労をねぎらう祭りとされる。村内には、上の組・中の組・下の組の3組の野神さんがある。輪番で宿になった家が御飯を炊く。御飯は、鏡餅のように丸く2段に重ねる(重箱に御飯を入れる場合もある)。子供達が御弊・御飯・川魚・御酒を持って「白牛、青牛、まんだら牛」と言いながら、野神さんのところまで行く。供えたあとの御飯をイバラの葉(ホデ)の上に乗せて家に持って帰り、牛に食べさせる。各家には、小さい御幣を配る。また牛のいる家は麦1升、いない家は麦5合を出す。これは後、子供達のものとなる。


 

 

 

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