Books~ 本

読んでいるのは、電車の中が多いので、基本的に新書です。歴史、世相、コンピュータ、などのジャンルが多いように思います。

京都ぎらい
 これはおもしろい!私も同じようなことを感じていました。井上さん:私、洛中:亀岡城下、洛外:宮前町(亀岡市の西部)、と場所(地名)は違えど構図は同じようなものです。

 しかし、なかなかの着眼点、特にKBSホールでのプロレス興行の話しは奥が深いので、興味のある方、おすすめします。

 但し、洛中の方には少々厳しい内容です(「ええか君、嵯峨は京都と違うんやで・・・」と昔言われた洛外人:井上の反逆の書です)。

                   【2015.11.8.】









図説日本のメディア
 凋落したと言われて久しいマスメディアの実態はどうなっているのか? 激変のさなかにあるコンテンツ業界が新たに見出した活路とは? そして、台頭著しいソーシャルメディアの現状はどう評価されるのか? 信頼のハンドブックは30年来、あくまで数値にこだわり、データをもって戦後日本のメディア状況と変遷を語ってきた。6年ぶりの大改訂版、登場。(NHK出版の宣伝文より)
 タイトルから受けるイメージでは、この写真よりも、もっと大きいもの(この「図説」という文字が美術全集などの大型版を想起させます)と思っていましたが、実際、コンパクトな単行本というところです。先日、アマゾンを利用して購入しました。現社の大場先生が、分担執筆者になっていて、フェイスブックで話題になったこともあり、さっそく入手したのです。
 この大場先生の担当されている映像・音楽の節は、私自身、日頃より関心のあるテーマなので面白く読みました。特に音楽メディアのところは、自分の歩んできた時代背景、その時々にあったモノと、ぴったりリンクしています。そして、漠然と理解していたレコードからCD、さらにネットによる配信へと移行していく根拠となる数値(例えばCDの生産数のグラフ)などが配置されていて(このことを「図説」と称した理由なのでしょう)理解しやすいものとなっています。この手の本は、どの節から読んでも支障はない点がいいです。
ここにも登場してくるレンタルレコードのショップについては、思い出がいろいろとあります。確かこのビジネスを考案したのは大学生だったと思います。そして瞬く間に全国に広がっていきます。「すごい!、レコードを借りられる店ができた」「しかもレコードを買う値段の十分の一くらいの値段で」「FM放送のエアチェックしなくてもいいんだ」「『FMレコパル』買ってきて好きなアーティストの特集番組にしるし付けなくてもいいんだ」といったのが、ちょうど大学を卒業した頃(1979年)の私を含めた世間の思いだったと思います。
 かつて大学の周辺にも何か所かレンタルレコードショップがありました。近いところでは、千北の南東角を東入る、リーブル京都の隣のビルに「REC」という店がありました(現在バレエ教室とかがあるビルだったと思います)。また大学の北、北山通りを少し北東に行った旭ヶ丘中学校の向かいあたり(現在かまどや佛大前店のあるあたり)に「REIKOUDO(つづりは不確か黎紅堂という漢字名だった)」がありました。少し離れたところでは、新大宮通り、立命館大学の近く、千本丸太町あたりにも点在していました。なので借りたいアーティストのアルバムが無くても、少し足をのばして別の店で探す、ということがよくありました。初期の頃には、これらのレコードをカセットテープに録音し、カセットのほうも、おそらく、こういった利用を見こして46分テープ、50分テープ、90分テープといったバリエーションがありました。90分は2枚組のアルバム用だったのでしょう。
 その後、コンパクトディスクが台頭してきて、これらの店もCDショップに変わりましたが、さらにその後は、CDそのものの需要が少なくなり、また音楽ソフトの入手も多岐にわたり、大学周辺にあったレンタルショップも知らない間になくなっていました。
【2012.10.4.】

高橋友子『捨児たちのルネサンス』(名古屋大学出版会)

 友人と言ってよいのか分かりません。古い知り合い、というほうが正確です。高橋友子さんは、京都市生まれ、立命館大学文学部卒業後、同大学大学院博士課程後期満期退学。イタリア政府給費留学生としてボローニャ大学留学後、立命館大学より博士号(文学)取得。そして神戸女学院大学文学部総合文化学科助教授(のち教授)。著書に『捨児たちのルネッサンス』(名古屋大学出版会、第23回マルコ・ポーロ賞)などがあります。
 本日、インターネットエクスプローラーの「お気に入り」登録の整理をしていた際、以前に登録をしていた神戸女学院大学の「高橋研究室」というホームページをチェックしましたところ、そのページは存在していません、というメッセージが出たのです。永いこと見ていなかったので、リンク先が変更になったのかと思い、神戸女学院大の教員一覧のページから探してみることにしました。確か文化学科・・・・と、いくら見直しても名前がありません。ひょっとして母校の立命館大学にでも栄転したのかな、と。その前にとりあえずウィキペディアで調べてみることにしました。そこには「神戸女学院助教授」との経歴が掲載され、変だな、と思った瞬間、名前の後のカッコ内に「(1957年3月30日 - 2007年10月31日)」とあったのです。
 数年前にひょんなきっかけで再会して以来、年賀状だけは交換していたけれど、そういえば2年ほど前から来なくなったことも思い出しました。その時は、きっと忙しいんだろう、くらいにしか受け止めなかったのです。再会以後は何度かメールのやりとりをして、セクハラやキャンパスハラスメントなどについて、お互いの大学の状況などの情報交換をしていた程度でした。驚いたとともに少しショックでした。かといって特に親しい付き合いもなかったので、分かったからといっても何か行動を起こすこともできません。一人で冥福を祈るとともに、誰に言うともなく、このブログに書くことで、少しだけ弔いの意思を表しました。そして反省すべきは、実はこの本をしっかりと読んではおりません。
 初めて彼女に会ったのは、高校時代(高2)でした。今から40年ほど前の話。現在はもう無くなっているかと思いますが、京都府下の高校では毎年5月ごろに、春季高校生討論集会という行事があり、そこの分科会で一緒のグループになったのでした。僕は亀○高校、彼女は京都市内の○雀高校でした。テーマは「友情と・・・」といった内容だったと思いますが、そのことがきっかけとなり、文通をするようになりました。今の時代なら即メール交換、となるのでしょうが、文通(ぶんつう)ですよ!。ぶんつう。
 手紙は、たわいもないことを書き綴って、また返信するという繰り返しでした。そのやり取りの中で、彼女が詩を書き、僕がそれにメロディをつける、という話になり、数点の詩に、よくあるコード進行で曲をつけたのです。それで一度だけ、そのうちの何曲かを披露するために亀岡まで来てもらったことがあります。亀岡駅前にある南郷公園というところで、オリジナル曲の披露をしたのです。どんな曲だったのか、どんなやりとりをしたのかまったく覚えてないのですが、その事実だけは覚えているのと、彼女が「亀岡って喫茶店あんまりないね」って言ったことだけが記憶に残っています(確かにあの当時の京都市内にはやたらと喫茶店がありましたが、それに比べると亀岡には数えるほど、というのかわずか駅前に1軒)。
 その後は受験勉強しないといけないし、ということで文通は中断しました。僕のほうは、高校生活の最後の時期、勉強もしないで小説を読んだりギター弾いたりばっかりやっていたので、結局どこの大学にも合格せず1年間浪人することになりました(そして現在の大学に至ることとなります)。そんな状況もあったので、彼女との文通は再開することなく終わりました。その後、彼女がどんな道を歩んだのかは、彼女が研究者として知られることとなるまで、そして再会して、その後の歩みを聞くまで知ることはありませんでした。
 今から9年前のことです。僕が配属されたのが大学の総合研究所の事務でした。そこで研究者の名前だったか出版物をインターネットで検索している際、「高橋友子」という名前がヒットしたのです(どこかで見覚えのある名前・・・え~っと○雀高校の彼女???という感じでした)。神戸女学院大学の所属であることが分かったのですが、高校時代に知り合った(文通していた)あの人と同一人物なのかどうかまでは分かりませんでした。よくありそうな名前ですから。ただ念のためその大学のホームページを見て、また「高橋研究室」という個人のホームページがリンクされていて、そこのホームページにプロフィールやら学生時代の思い出、地元西陣での話などが書かれていて確信しました。大学は立命館大学となっていて西洋史を専攻していたことも分かりました(ああ大学は立命に行ったのか、と)。
 その後、彼女のホームページに記載されているアドレスに「私を覚えていますか?」といった内容で、結構長々と、自分のその後の経歴などの紹介文を書いて送信しました。数日後、彼女から「覚えていますよ」という内容で返信がありました。ただ、かつての「文通」時代のように、とんとんと発展する、こともなく、大学人同士として時々メールをする程度でした。
 その年、僕は、職場よりヨーロッパで研修旅行する機会に恵まれてイタリアに行きました。そしてその年末に神戸市立博物館で夏に訪れたポンペイの企画展が開催され、神戸に行くことにしたのです。それで、そのついでもあって、高橋先生に連絡入れて研究室を訪ねることになったのです。約30年ぶりの再会でした。ちょうど『捨児たちのルネサンス』という本が出たところで、これは記念にと、1冊買ってサインをしてもらいました。やはりお互いに歳をとっており、変ったとか変らないとか、研究していることとか、大学院の時には辛い目にあったんだとか、独身なんだとか・・・・約1時間程度の再会でしたが、30年間の空白を埋めるように話しをしたのです。それで僕の方は、バンドをしていて録音したカセットテープと、お菓子をお土産として渡しました。その際、高橋先生は「あの時ギターの弾き語り緊張してましたよね」と、かつてオリジナル曲を披露したときのことを話してくれました。覚えていてくれたんだなぁ、と思ったのです。
 年賀状を交換するようになったのは、それからでした。彼女は異性ですが、僕の思いとしては、高校生討論集会で話し合った「男女の友情」という感覚でした。男と女の間に友情は成立するのか、今思えば、ちょっと恥ずかしくなるような議論をし、結論が出ないまま、やっと今それを実感しています。これはきっと友情だったんだろうな、と。研究者として、これから、という歳で旅立った「友」高橋友子(ペンフレンド時代は「TOM」)さん、安らかにお眠りください。おくればせながら哀悼の意をここに表します。Key【2010年10月06日】

捨児たちのルネッサンス―15世紀イタリアの捨児養育院と都市・農村

上原善広『異形の日本人』 (新潮新書)

 著者は「はじめに」のところで、民俗学者の宮本常一の『忘れられた日本人』を引き合いに出して、本書はそれと対極にある異端とされた人々、タブーとされた出来事を通して日本人の姿を見つめようとして書いた、ということを述べている。
 第1章「異形の系譜―禁忌のターザン姉妹」は、今から60年ほど前の新聞記事を手掛かりに、現地へ出向いて取材していく様子が時間を追って淡々と書かれている。読んでいる者としては、現在なら、その扱い方によっては、障害者問題、人権問題にもなるような題材である。ノンフィクションであるがゆえの緊迫感が紙面から伝わってくる。そして天皇家の記事にたどりついた箇所は、思わずぎょっとした。戦後のぼんやりとした日本社会の中の禁忌・タブーを垣間見た感じである。
 本書の紹介文に「社会はなぜ彼らを排除したがるのか?マスメディアが伝えようとしない日本人の生涯を、大宅賞作家が鮮烈に描く」と書かれている。著者はこの書を出す前に書いた『日本の路地を旅する』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞している。そのタイトルにある「路地」とは被差別部落のことで、著者自身の出自も明かしている。1973年生まれというから、まだ若い作家であるが、大阪体育大学卒業という学歴からして、文体にもパワーを感じる。
 本書の大半は、雑誌等に掲載したものを寄せ集めたので、全体を通して読むとやや大味な印象もあるが、全編に流れる著者の視点は明確であり、一気に読める。その中、最後の第6章「皮田藤吉伝―初代桂春團治」は、今回の新書版の為に書き下ろしたものだという。よく春團治のエピソードをここまで調べ上げたな、と感心した。歌にまでなった春團治の人柄、生き様が詳しく書かれている。落語に関心のある人には、新しい春團治像が発見できるはずである。
 私事になるが、ずいぶん昔の話になる。50年ほど前、あるいはそれ以前のことで、しかも事実かどうかもまったく分からない話である。私の母親の郷里の隣の村に、ヘビの形をして生まれた女の子が居たそうである。人の姿ではあるが、しぐさがヘビのようで、舌の先がヘビのように分かれているという。学校とかには行けないので、家の中で、どこにも外出することなく生活をしているのだと。またその子が生まれる前、妊娠中に、その母親が農作業中、誤ってヘビを鎌で斬り殺してしまった。それでそのような子が生まれてしまったのだ、ということが噂されていたらしい。
 不確かな話だが、本書のターザン姉妹の話を読み、記憶がよみがえってきた。ひょっとしたら、同じようなタブーと、村社会が作りだした歪曲した作り話だったのではないかと。今となっては調べる術もないが。【2010年09月23日】

内田樹『街場のメディア論』 (光文社新書)

 クロード・レヴィ=ストロースをご存知でしょうか。社会学部の学生さんなら聞いたことあるのではないでしょうか。僕は学生時代に民俗学を学んでいましたので、民「族」学の方面の理論についても、少し知っていました。有名な構造主義を唱えたフランスの人類学者で、昨年、ちょうど100歳で亡くなりました。
 その人類学者の名前、理論がこの本に出てきました。著者は『日本辺境論』の内田環さんです。神戸女学院大学での「メディアと知」という講義をテープ起こししたのがこの『街場のメディア論』です。
 本のタイトルだけだとよくあるメディア論かと思いますが、なかなか奥深い内容です。著者は本書で「おそらくあと数年のうちに、新聞やテレビという既成のメディアは深刻な危機に遭遇するでしょう。この危機的状況を生き延びることのできる人と、できない人の間にいま境界線が引かれつつあります。それはITリテラシーの有無とは本質的には関係ありません。コミュニケーションの本質について理解しているかどうか、それが分岐点になると僕は思っています。」と書いて(述べて)います。
 電子書籍やインターネットの発展が、人が学ぶという行為にどれほど影響を与えるのか、すっかり変化するのか、否、本質的なものは何も変わらない。著作権の問題やレヴィ=ストロースの「贈与と返礼」の理論を、今のメディアの問題にからめて分かりやすく説きます。
 神戸女学院の学生さん、こんな講義を受けているんですね。けどこの本には、その講義の臨場感が伝わってきます。なので読んだ人は女学院大学の講義を聴講しているみたいなものです。
 そして第一講「キャリアは他人のためのもの」では、僕ら仕事をし、人事評価されて、そして昇進していく世界に居る者にとっても、なかなか示唆的です。適性とは、仕事が出来るとは、ポストが人をつくる、・・・・今の自分の周辺にもあてはまるものだと思いました(実はつい最近同じことを考えていたのでびっくりしました)。
 学生さんにはとても役立つ内容だと思います。【2010年09月21日】

和田秀樹『テレビの大罪』(新潮新書)
 本書の帯には「教育を論じる元不良、政治を語るタレント、自殺をあおるキャスター。いったい何サマだ?」と書かれている。著者は大阪生まれで東京在住の精神科医。
 9月初めに東京へ出張に行き、行きの新幹線の中で大半を読んだ。残りは宿泊しているホテルなどでちょっとずつ読んだ。これまでもマスコミ関係の本をたくさん読んだが、本書はかなり自身の思考を刺激してくれた。
 僕は、大学を卒業した頃、地方と都会の間を埋めるのがテレビだと思っていた。京都府のど田舎に住んでいても、東京の渋谷ではどんな若者がいて、どんなものが流行しているのかを、テレビによって知ることが出来る。そう信じていた。確かにある面では、そういうところもあるだろう。限られた情報の範囲で言えば、テレビは、別の空間での出来事や思想を伝えてくれる道具である。しかし、それはテレビを善意に捉えた場合であって、もしそこに、昨今あるようなねつ造、隠ぺい、うそ、誇張などが加味された場合、そこに映る事実らしきものは、真実なのか、という疑問が残る。しかし多くの視聴者(特に地方在住者)は、真実と思い、自身の言動に影響をうける。まず疑うことをしなくなっている。その状態を作り出しているのも「テレビの大罪」だと著者は言う。
 テレビには、番組倫理審査会という組織があって、建前上、前述した悪意があるような番組はない、ということになっている。しかし番組制作には、編集という作業が介在し、そこにテレビ局の意向に沿ったような創作が行われる。それでも事実を伝えるための演出であれば、多少の脚色など問題ない。しかし、・・・・・ということなのである。
 もしテレビが、インターネットの世界のように、玉石混交、表から裏の世界までなんでもあり、という状況であれば、遅かれ早かれ、インターネット・スキル、情報リテラシー、といった善悪正誤の判断が働くと思う(テレビリテラシーというのだろうか)。しかし一見してテレビは、報道・教養というジャンルを主とした健全なメディアという認識をもたれている。しかしよくよく考えれば、おかしなこともよくある。
 本書では、紙数の関係で、テレビ界のすべてが語られているわけではないが、それでも「なるほどそうだったな」と関心する部分が多い。例えば、ニュースで「東京大学の学生でも今は就職に苦労していている」といった報道があった場合、「東大生でもなかなか難しいんだから、まして我が大学なら・・・」と思わせてしまう。しかしテレビで取り上げられた東大でのその話題は非常にレアなケースであり、大多数の東大生は、他の、少なくとも地方の私立大学なんかと比べ物にならないくらい、求人は多いし、ちゃんと就職出来ているのである。映画のロケセットみたいに、テレビで見せているのは、事実の一部分ということである。
 なかなか興味深い内容だ。テレビ論というよりも、テレビを通じて考える現代思想論だと言えよう。【2010年09月04日】

小田嶋隆『人はなぜ学歴にこだわるのか。』(光文社・知恵の森文庫)

 大河ドラマ「龍馬伝」が人気だ。主演の福山雅治が良いというのは当然だろうが、龍馬の幼なじみの加尾役の広末涼子のけなげな演技にも評価が大きい。広末は昨年、映画「おくりびと」でも好演してアカデミー賞を受賞した。現状としては、広末は今、好感度の高い女優ではなかろうか。
 この小田嶋隆『人はなぜ学歴にこだわるのか。』には、学歴にまつわる話として広末涼子の話も出てくるが、そこでの広末の扱いは、ひどいものだ。この本が世に出たのが2000年というから、10年前の話題が中心なのである。当時、確かに広末はマスコミから叩かれていた。そう、一芸入試だったかで私大の雄、早稲田大学に入ったはいいが、講義には出席しない、またメチャメチャな国語力(作文力)、で最後にマスコミにはプッツン、退学、という騒動があり、当時の広末の印象はよくなかった。あと出来ちゃった婚・離婚騒動などにも発展して、イメージは相当悪かった。ので、この本が発行された時に読んでいれば、こと広末に関していえば、フィット感はあったかもしれない。
 しかし、それはそれとして、僕はこの本の著者、小田嶋隆の作品というのか文章技法というのか視点などに最近とても関心がある。昨年だったかに『テレビ救急箱』という本を読んで、テレビ業界と視聴者の有り様を鋭く書き綴った内容に感心していたところに、最近、日経新聞のウェブサイトに「ア・ピース・オブ・警句」 ?世間に転がる意味不明~というコラム(例えば野球賭博問題に揺れる相撲界の記事)を読んで、ますます気になってきたのである(これがなかなか面白く、しかもポイントを突いた内容なのでぜひとも読んでほしい)。
 しかも年齢的には僕とほぼ同じ(ただし「学歴」はずいぶんと違うわけだが)というところにも親近感を覚えた。
 それで、既に出ている『人はなぜ学歴にこだわるのか。』という、なにやら意味深なタイトルに目が行き、本屋を物色したのだが、どこの本屋の書棚にも無かった。また古書店も数軒チェックしたが無かった。それでアマゾンで検索してみると、やはり新品では買えなかった。仕方なくアマゾンのマーケットプレイスで古本屋から648円の定価が少し値引きされて送料400円を加え、ほぼ倍くらいの値段で買った(買ってからもう少しブックオフや古書店などで探してもよかったかななどと後悔したが・・・・ま、面白かったしいいかと今では考えるようにしている)。
 買うに至った経緯、前置きが長くなった。この本の紹介文として次のように書かれている。
 「学歴はワインと似ている。中身を鑑定するより、ラベルで判断する方が面倒が少ない」「学歴は環境問題と似ている。抽象的な正義に賛成しながら、現実面では野放図なままである」―就職、恋愛、結婚、出世、人間関係から、有名人学歴スキャンダルにいたるまで、学歴という踏み絵をテーマに、縦横無尽に著した刺激的書。
 <以下目次の一部より>
 一流大学の学生にオンナが群がるというのは本当なのでしょうか/最終学歴の違う者同士は、打ち解けた人間関係を形成できないのだろうか/「学歴にこだわらない」と言いながら受験に狂奔している人々の本音/学歴婚制度が推し進める隠微なアパルトヘイト/学歴無用論をあざ笑うカップリングパーティの条件/「東大なんかくだらない」と言えるのは東大生だけなのだろうか/中卒という見えない人々
 ということである。読んでみて確かに著者の言うとおりの現実がある。それは10年前に書かれていた時代とあまり変っていないように思う。そしてこの問題の結論も無い、書かれてあるのは、著者独特の視点から見た、世の中および自分の中にある「学歴」というラベルの効用(心の動きとでもいえるか)なのである。それに自分はどう向き合うのか、という投げかけ、みたいなものはひしひしと伝わってくる。この本は学歴偏重の社会制度として論じたものでもないし、また教育論でもない。しかし多くの日本人の持つ心象みたいなものが、とても面白く、うまく書かれている。
 さて大学を卒業した自分自身は振り返ってどうだろう。社会生活の中で、PTAの会合の中で、自治会の会合の中で、自分のラベルはどう映っているのだろう、そして自分としてどう受け止めているのか、なかなか答えの出ない問題である。
 「龍馬伝」の加尾役・広末の好感度上昇、といったあたりにヒントがあるのかどうか。【2010年07月07日】

西岡研介『「噂の真相」トップ屋稼業』(河出文庫)

 「噂の真相」という雑誌は、2004年3月をもって休刊している。政界や芸能界のタブーに斬り込んだ記事が面白くて、けっこう読んでいた。休刊はとても残念であった。その雑誌で数々のスクープを連発した西岡研介という記者の奮闘記がこの本である。
 西岡氏は、もと神戸新聞社の記者で阪神大震災や酒鬼薔薇事件などを身近に取材し、後、東京新宿ゴールデン街に社を構える「噂の真相」に移籍、数々の特大スクープを連発した。現在はフリー。
 先述したように、神戸新聞社の記者時代からの取材記のような内容なのだが、僕としては、それらのスクープ記事をリアルタイムで読んでいたので、懐かしくもあり、またあらためて今のマスコミや出版界の元気の無さが浮き彫りになったような気がして、とても面白く読むことが出来た。当時、「噂の真相」といえば、名前の通り「噂」にすぎないようなネタを誇大に取り上げたり、スキャンダル雑誌、低俗雑誌といった評価をされていたと思う。たしかに掲載されている記事の中には、眉つばモノもたくさんあったかもしれない、今のインターネットの「2チャンネル」のようなものかもしれない。しかしそんな中にあっても、真実を鋭くついたり、えらそうにしている政治家の下ネタを暴露したり、芸能界の裏話などが満載だったので、休刊間際の発行部数も相当なものだったと言われている。
 そんなマイナーな雑誌を一躍メジャー級に押し上げたのは、1999年に掲載された「次期検事総長が確実視されていた検事長の女性スキャンダル」の記事である。この記事によって、法務省や検察局、国会、そしてマスコミを巻き込んで大騒動になったことがある。きっかけは、この記事を朝日新聞が一面トップで取り上げたことから、スキャンダルとなった。一介の三流雑誌の記事を天下の朝日新聞が取り上げるなんて、というのが当時の初期段階におけるマスコミ界の評価だったが、その事実の信ぴょう性が増すにつれ、事は大きくなっていったのである。
 そんな事件の顛末が、この本には満載である。時の総理大臣、森善朗の買春疑惑の騒動も懐かしく読んだ。また芸能界ネタでは、現在もアイドルグループとして人気のあるKのKと、TBSテレビの制作スタッフによる乱交パーティのスクープなども、当時の芸能界とマスコミの狼狽ぶりが細かく書かれていて、おもしろかった。ちなみにこのスキャンダルが、テレビのワイドショーで一切報じられなかったことは、知る人には分かる芸能タブーなのである。この本は、2009年に文庫本として発行されていて、先述したスキャンダルに関わった関係者はおおむねイニシャル表記となっていて、このアイドルKというのも、実名は伏せてある。ただ当時の雑誌には実名(もちろん芸名)が掲載されていて、僕も読んだので知っている。今も人気ののあるグループである。聞きたい方は僕に・・・・。【2010年06月28日】

竹内久美子『女は男の指を見る』(新潮新書)

 ワールドカップのサッカー、日本代表がオランダに惜敗したのは昨日の夕方のことであった。持ち前のパス回し、ディフェンスを重視した全日本の布陣を以てしてもFIFAランク世界4位のオランダの1本のシュートが決定打となってしまった。にわかサッカーファンとしては、技術以上のフィジカルなものが勝敗を分けたのかと思ってしまう。
 今日は、職場の草刈り奉仕の仕事を失礼して、わが大学のソフト部男子の試合を応援に行ってきた。春季リーグは、たび重なる日曜日の雨天により、3部と2部の入れ替え戦が今日に延びてしまった。そして本日の試合の結果により、現在2部のわがチームが3部に降格の危機に瀕していた。これは応援に行かねばならなかった。メンバーは新チームになっており、またレギュラー陣もいろんな用事(近頃の大学生はなにかと忙しい)などで万全ではなかった。結果として惨敗し、秋季リーグは3部スタートとなってしまった。この試合は万博スポーツ広場であったのだが、自宅からの行き帰りで、とりあえず本書を読んだ。
 竹内久美子さんは、僕が良く読む週刊誌で動物行動学の立場から、男女の行動を動物の例えばチンパンジーとか鳥などの事例から分かりやすく、また刺激的に解説されているのでよく知っていた。現在の肩書は、大学などに属することなく「著述家」となっているが、ベースとなっているのは、京都大学の日高敏隆氏の下で学んだ世界の動物行動学の論文である。その解釈が正しいのかどうかは、我々素人にはわからないが、しかしいろいろな研究や実験の結果、得られたデータを、男女の行動にあてはめて説明されると、なるほどそうか、と思うし、変に納得してしまう。
 この本は竹内さんの、これまでの著述の集大成だとあとがきに記されている。そのキーワードはテストステロンという男性ホルモンである。これが多いのか少ないのか、減退したのか、などによって人間の行動が決定されてしまう、というところである。本書のタイトルになっている「男の指」というのは、人差し指の薬指に対する長さの比率のことである。簡単に言えば、人差し指よりも薬指の長い男性は、テストステロンが多く、いろいろな才能・運動力などに勝っている、ということなのである。昨夜のデンマークの選手(コーカソイド=白人)などは、モンゴロイド(東洋)の日本人よりもテストステロンが多かった、ということなのかもしれない。また我が大学のソフトの選手はそれが少ないのか・・・・。
 このくだりを読んで、僕は、いったん本を読むのを止め、しげしげと指の長さを見つめたのである。「おっ!ひょっとして僕の薬指、けっこう長いやん」と、しげしげと電車の中で見ている姿は、他の乗客からすれば、ちょっと変な人だったことであろう。喜んでいるのもつかの間、この本を読み進んでいくと、喜んでばかりはいられないことも分かってきた。つまり、このテストステロンが多いということは、メス(女性)の立場から言うと、良い遺伝子を持ったオス(男性)を見分ける指標にはなるが、それはオスが最もベストな年齢の時期のことであって、50歳をゆうに超えた「おっさん」にとっては、いくらテストステロンが多い(多かった)といっても対象外のことのようだ。つまり過去の栄光、といった程度のことであるようだ。
 この本には「指」の話以外にもシンメトリー(左右対称)やハゲ、におい、浮気といった切り口で、動物行動学的に男女の営みを解説している。
 明日、自分の事務机にあるノギスで、もう一度「薬指」を正確に計測しようと思う、懲りないオスの習性なのか。【2010年06月20日】

西田宗千佳『クラウド・コンピューティング仕事術』(朝日選書)

 書名の「クラウド」とはその意味のとおり「雲」のことで、近頃はやりの、パソコン用語のひとつである。通常、プログラムやファイルは、パソコンのハードディスクの中で起動して保存するところを、例えて「クラウド(雲)」のような場所を別に設けて、インターネットを通して、その場所だけでなんでもやってしまおう、というところである。
 著者は、この本を執筆した1年ほど前にも『クラウド・コンピューティング』というタイトルで同じシリーズで書いている。したがって本書は、その続編ということになる。あいにく先行の方は読んでいないが、タイトルにつられて読んでみた。
 はっきりいって、Googleのまわしもん、かと思えるような中身であったが、それも致し方ないかとも考えた。もともとGoogleという会社は、このクラウド・コンピューティングという志向のある事業展開を進めてきている。その代表例がG-mailと周辺のサービスである。インターネット環境さえ整えば、やれないことはない、といったところである。
 で「仕事術」とはいうものの、これは仕事に限らず、勉強術であってもよいし、また趣味であってもよい。とにかくこんな便利なサービスある、しかも無料で利用できるのだ、というところは大いに参考となった。最後に用語集というページがあって、「漫画喫茶」から「IMAP」まで、改めてその意味を確認できたところはお得感があった。
 先日、慶応大学大学院教授の岸博幸氏の記事が、朝日新聞に掲載されていた。この先生は、昨年、仕事の関係で聞く機会があったのでよく覚えていたので目にとまった。その際も結構過激な内容だった。で新聞には、近頃のIT情報環境について、日本人は自分の大事なデータや、時に国や会社の重要な情報をアメリカ資本の会社のサーバーに置くのはいかがなものか(つまりGoogleをそんなに使って大丈夫なの?)といっているのである。ちょっと飛躍した視点がないでもないが、しかしその考えがまったく間違いということでもないし、また将来にわたって安全なことなど無いのだ、という点も納得いく記事だった。
 この本の著者は、名前こそ出していないが、岸氏の論調をやや気にしているかのような部分があった。もちろん執筆時点では朝日新聞の記事は読んでいないわけだが、なんとなくそんな気がしたのである。【2010年06月17日】

富澤一誠『あの素晴らしい曲をもう一度』(新潮新書)

 この本のタイトルは、名曲「あの素晴らしい愛をもう一度」から付けたものだと分かるのは、やはりある程度の年齢の世代だろう。きっと今の学生に聞いても「意味わからん!」といった反応ではないのかと思う。本の帯には「心に刻まれたメロディで綴る50年史」とあり、あらためて自分の年齢とJポップの歩みが符合していることを理解した(現在55歳です)。そんなことで買って読んだ。そして解説されているヒット曲の数々と、世の動き、自分の成長・思い出、といったことを再確認できることが出来た。
 「はじめに」の章に、やはりこの本のタイトルの元になっている曲を作った加藤和彦さんの追悼の一文が綴られている。それでこの本は案外最近書かれたものだと推測した。執筆の動機については詳しく書かれていないが、恐らくそのことがあって、それで本としてまとめることになったのだと思う。
 日本にフォークソングがやってきた1960年代、70年代はニューミュージックの時代、80年代は歌謡曲、アイドル歌手が台頭した時代、90年代はメガヒット乱立の時代、2000年代はネット社会と連携した今までにない混迷の時代。ひとくちに50年といっても、10年ごとに分けた時代ごとの特色が際立つ。世の中の動き、若者の渇望感、マスコミ、インターネットの普及とさまざまな要素が、絡み合い、ヒット曲が生まれた。それは必然のものなのか偶然の結果なのか、明確な証明は出来ない。しかしその時代に立ち合い、その曲に酔いしれた自分がそこに居たことは事実である。
 もうそんな歳になったのかと少々悲しくなった。【2010年06月01日】

菅聖子『一澤信三郎帆布物語 (朝日新書)』

 古い時代のことになる、もう40年ほど前、僕は、東山二条にある予備校に通っていた。そこから東大路通りを下れば、祇園八坂神社もすぐだった。その途中、三条通りを過ぎたあたりにテント生地の商品を販売するふるびた店があったのをうっすら覚えている。当時はテントとリュックサックくらいを売っている店だったと思うが詳しい店構えは覚えていない。ただ「帆布」という看板の印象だけはあった。
 それから十数年後「一澤帆布」は、じょうぶでオシャレなバックで一躍有名ブランドとなった。どのカバンの側面にも「京都市東山知恩院前上ル 一澤帆布製」という赤い枠で囲ったタグが貼り付けてある。そのなんとも古めかしい表記が逆にモダンな印象を与えていた。店舗はこの場所のみ、デパートなどに卸したりせず、あくまでも京都の地で販売するというポリシーを貫いた。それがまた全国からの購買客を呼んだ。確かに東京の渋谷や原宿でそのタグ付きのバックを何度も目撃したことがある。
 かくいう僕もそのブランドのショルダーバックを持っている(2年ほど前に購入したもの)。しかしタグにはこれまでの住所記載のタグではない、「信三郎帆布」とゴツゴツとした文字が踊っている。その理由は一澤帆布工業所を舞台にしたお家騒動の一件を知っている人には承知のことである。
 この本は、女性ルポライターにより、一澤家のお家騒動の顛末と、この店の簡単な歴史、それと一澤信三郎氏のモノ作りに対する信念、といったところが書かれている。お家騒動の契機となった2つの遺言書、中でも2通目の三文判が押された稚拙な文体のもの、これが偽物だったということで長きに亘る騒動は終息するのである(ま、未だに長男方に雇われた社員が店の再開を訴えていることが新聞に載っていたが)。
 この本は、騒動が収束して大阪高等裁判所の判断が確定したことを受けて書かれたものである。騒動の最中には書けない内容だろう。少しでもこのカバン屋の騒動に関心のあった方は、兄弟で二手に分かれた店舗とそれぞれのホームページなどで、ある程度の情報は知っていたと思うが、あらためて時間を追って書かれたものを読むと、このお家騒動の表面的な事実以上に、モノ作り、カバン作りにかける京都の職人気質、支援する京都人の心意気、みたいなものが見えてくる。
 古いほうのタグ付きカバン、新しくても古いタグを継承したカバン、そして「信三郎」ブランドのカバン、そのどれを持っている人にも、一度読んでもらいたい一冊だ。【2010年05月19日】

円満字二郎『常用漢字の事件簿』(NHK出版)

 著者名はペンネームかと思うが、1967年に兵庫県に生まれる漢和辞典編集者、というのがプロフィールにある。一般社会で漢字を使用する場合の「目安」を定めようと「常用漢字表」が昭和56年に定められた。その漢字と社会との接点から起きた事件をたどり、日本社会における漢字のあり方を浮かび上がらせているのがこの本の内容である。
 この中で印象に残ったのは昭和59年3月に起ったグリコ森永事件と、その2年後に、この「かい人21面相」を模倣した「昭和戯賊(しょうわぎぞく)」による明治製菓脅迫事件の2つの事件である。
 「かい人21面相」の方は、和文タイプライターで、ひらがなと漢字まじりの脅迫文で全国の菓子店を震撼させた事件で、いまだにつかまらないまま時効を迎えてしまった。その2年後の「昭和戯賊」の方の脅迫文は、21面相の文体を真似てはいるが、明らかにワードプロセッサーによる作文だったとされている。つまり、現在、文書や手紙を書く場合、もちろん手書きの人もいるが、パソコンで作成している人が多いのではないだろうか。その端緒となったエポックメイキングなワープロの普及が、この頃だったのだ、ということである。
 確かに僕が就職した頃には、ワープロというものが開発されてはいたものの、まだ一般には普及していなかった。職場には和文タイプライターが印刷室の隣の部屋に置いてあり、外向けの公文書などを作成するのに一部の熟練女子職員の方が打っておられたことを思い出す。そして、他に和文タイプに慣れた人がいないので、その方ばかりに作成依頼が集中して、腱鞘炎になられた、という話をきいた。
 この本では、そのあたりの手書きからタイプ、そしてワープロに変化していった漢字事情を、世相を賑わした事件とともに解説しているのがおもしろかった。辞典編集者というから、漢字の成り立ちやら漢字の難しい講釈なんだろうと思うなかれ、どちらかというと、漢字と社会、漢字と人・個人、といった切り口で解説する社会学的な内容である。
 最後の章には、現在の民主党政権の前、自民党政権最後の首相となった麻生太郎氏による漢字読み間違いの事件?について解説しているところが面白かった。と同時に、著者は、個人と漢字、という視点からこの問題を分析している。そして「読み」と「意味」についても分けて考えるべきと。つまり麻生氏においても「みぞうゆう」な事故が、どのような事故なのかは、その意味については知っていたはずだ、と(仮にそれも知らなかったなら問題以前の話になるが)。
 恥ずかしい話だが、読み間違いは、誰にでも結構あると思う。学生時代、バイト先の先輩は「暴露する」という漢字をいつも「ぼうろする」と言っておられたことを思い出すし、かくいう自分も「老舗」を「ろうほ」と読んでいたことがあり、それらの読み間違いは、誰に気づかれることもなく、自分の中で定着し、本を読んだり看板を見ても、自分の中で間違った読み方をしているのである。しかし用法を知らないわけではない、というのも事実なわけで、日本人にとって「漢字」って何なのかを考えるに、とても面白く読める本である。【2010年05月16日】

高田公理『にっぽんの知恵』(講談社現代新書)

 本の帯に「銭湯・花見・ありあわせ・根回し・・・・そこには歴史に根ざす先人の知恵がある・「ええかげん」が日本を救う」とのコピーに誘われ、買って読んでみた。出版年は2008年1月。日本に暮らす中で、著者が気づく日本の習慣、文化、知恵などにスポットをあて、そのテーマの専門家(関係すると思しき著名人など)の2人を相手にして、対談した内容をコンパクトにまとめている。どの項目も「ああなるほど」「そうだったのか」と納得する説得力のあるものである。日ごろ気づかない身近なものの中に、日本の文化、知恵が詰まっているのだと新しい発見が出来る。また、かつて居酒屋の店主をしていたという経歴は、この本における著者のユニークな着眼点、たぐいまれな観察力と無関係ではなさそうだ。
 もともと新聞に連載していたコラムを出版化したので、どの項目もほぼ同じ程度の分量となっている。私は、通勤で電車に乗っている時間がちょうど20分位あって、その間にちょうど2つ3つくらいが読める。短時間に、しかも間を空けても読めるというありがたい仕立てである。
 対談した内容は、著者がとりまとめて、場合により発言内容を引用したり、代弁したりしているので、前述したように、とても理解しやすく親切である。が、反面、もう少し続きが聞きたいなぁ、ここのやりとりの際には、どんな会話が交わされたのだろう、といった興味も出てくる。おそらく取り上げたページ数のわりに、取材や対談に使った時間は、相当なものだったと想像する。したがって、取り上げた項目について、ひとつずつ対談集のような形式にしたら、本の厚さは10倍以上になるのだろう、なので、これはこれでよいのかもしれない。
 その中に「おけいこ」という項目があって、国立民族学博物館の初代館長の梅棹忠夫氏の示唆に富む発言が書かれていたので紹介する。
 「教育は充電や。しかし充電ばかりで、放電させないでおくと過充電になって、バッテリーなら故障する。人間も同じことで、知識や技能を詰め込んだら、適度に『放電』することが必要になる。これこそが『文化』の果たす役割なんやと思う」
 著者は、おけいこごとの場合、その「放電」の機会が発表会なのだと述べている。それでは、大学において、大学生が、教育を受けて、学問をして、その「放電」というのは何にあたるのだろう。この本には書かれていないが、いろいろな「放電」が想定できる。
 大学で学ぶ集大成としては言わずと知れた卒業論文の口頭試問、卒業リポートの発表会になるのだろうか、そして学問分野によっては卒業制作の発表、作品展などもあるだろう。また小刻みな「放電」として、年間で受講した授業の中での、リポート発表や成果報告会のようなものもあるだろう。なかには在学中に小説なり論文を書いて、公に発表するような学生もいるかもしれない。一方、課外活動においては、この本で示されているような「おけいこごと」としての代表的な華道や茶道、美術のサークルがあるので、そこでの「放電」は、発表会や展示会だろうし、スポーツの団体なら試合や競技会が「放電」の場となり、相手チームと火花を散らす(うまく言ったものだ!)。
 日常の地道な「充電」期間の後には、時々「放電」の機会が必要なのだということなのだろう。
 ところで、そうすると社会人、我々仕事をしている事務員は、何が「充電」で、何が「放電」なのだろうか。「充電」はコツコツと仕事をこなし、その職場でのノウハウを蓄積することになるのか。それでは「放電」とは、イメージとしては、パァーッとカラオケにでも行って、あるいは夏ならビアガーデンで楽しく・・・、というのが思い浮かぶが、それが放電の姿だろうか? いやちょっと違うような気がする。仕事で吸収した知識や技能を放電するとは、やはり仕事の中で発揮するものだろう。だが、これはこれでなかなか難しい課題だ。「充電」ばかりを繰り返して「過充電」になっているのか、あるいはバッテリーの寿命がきて充電も出来ないのか。仕事の中でも成果の発表というのもあるのだろうかとも考え、悩んでしまう。
 そういえば自宅にあるデジカメ、すぐに電池が切れてしまう。いくら充電してもあまり持たない、バッテリーが寿命なのだろう、最初は結構、持久力があったのだけれども・・・・・わが身に重なる話である。【2010年05月13日】

野中広務・辛淑玉『差別と日本人』(角川書店)

 1982年3月のことであった(今から30年ほど前のこと)。僕は、岡崎公園にある京都会館で水平社創立60周年記念集会に大学職員の大先輩Nさんと2人で参加した。参加したきっかけはどういうものであったのか、今となっては思い出せないのだが、恐らく、その半年前に起こった学生による差別事件の対応などで、目の前の現実と、糾弾する側の論理とはいったい何なのか、自分の目と耳で確認したかった、というところではなかったのかと思う(それで解決できる問題ではなかったが、その時は、関係する書物を読み漁ったり、話し合える地元の友人と語り合ったり、とにかく何でも情報や知識が欲しかったのである)。京都会館の入り口通路では、多くの主催者側の人たちの出迎えを受けた。その中に、半年前、我々の上司の先生を激しく批判した一人の女子学生がいて、僕と目と目が合った。そしてその後にキャンパスで彼女と会った際に「先日は自分の意思で参加されたのか?」と問われ「もちろんそうです」と応えたのをはっきりと覚えている。彼女はその後、若くして亡くなられたことを聞いた。
 そのような記憶を書いたのは、この本の一方の語り手、野中広務氏の存在を初めて知ったのがその時であっからである。当時、氏は京都府副知事という要職にあり、式典の中では知事に代わっての式辞を述べたのである。そして唐突(と僕には思えるタイミング)に自身の出自について語りはじめた。会場は一瞬どよめき、また静まり返り、その話に聞き入った。どちらかと言うと、それまで糾弾という手法を肯定的にとらえていた運動団体に冷や水を浴びせるような内容であったと思う。式辞が終了し割れんばかりの拍手であったことを記憶している。
 この本は、元衆議院議員の野中広務氏と、人材育成コンサルタントの辛淑玉氏(かつて「朝まで生テレビ」などで論客をふるっていた女性)の対談をまとめたものである。昨年の春に刊行されて以降、書店に今だに平積みされているのをみると結構なベストセラー、ロングセラーを続けていると思われる。野中氏は自身の体験をベースにして政治や社会の矛盾を鋭く衝く話を中心として、そして辛氏の民族差別で経験した事象を野中氏の事例にからめていく、といった手法で進行している。一気に読み終えることができる内容だった。時折、野中氏と辛氏の会話がかみ合わない、少しずれがある、といったところが気になるが、そういった微妙な誤差を、リアルに、修正を施さずに文字化しているところが、逆に読者の心に訴えるものがあるように思う。
 表舞台に出にくいテーマであるが、間違いなく現代史、地域史の有様を知る良質のテキストである。【2010年05月06日】

『上田正樹語りおろし~戻りたい過去なんてあらへん』

 1970年の初頭、京都の音楽シーンは、京大西部講堂を中心としたブルース・ミュージックが席巻していたと言っても過言ではない。少なくとも学生、若者の中では。ウエスト・ロード・ブルースバンド、ブレイク・ダウン、スリッカーズ、憂歌団・・・などなど、そんな中でも、ややメジャー志向の強かった上田正樹率いるサウス・ツゥ・サウスは、南部の泥臭いR&B、ブルースナンバーを得意とするファンキーなバンドであった。上田は当時、和製オーティス・レディングと言われていた。
 私も遅ればせながら、学生当時は、サウス・ツゥ・サウスのファンになり、大阪天王寺野外音楽堂で開催されていた「春一番コンサート」などにもよく足を運んだものである。(「春一番」は10回ほど開催後、現在では吹田にある服部緑地野外音楽堂に場所を変えて、今年で25回目を迎えている)
 サウス解散後、上田はソロ活動に専念し、また大麻所持で逮捕されたり、ふたたびサウスの再結成や、アジアに拠点を作り、他のミュージシャンとのコラボレーションなどにも積極的な音楽活動を続けている。
 この本は、「上田正樹語りおろし」というサブタイトルでもわかるように、インタビューなどをライターが書き起こしたものである。若い時代から上田正樹のレコードなども買っていたので、過去のいきさつなどが語られていることに関心を持ち、一気に読み終えた。バンド活動の隆盛期の様子、挫折した折の心境、ふたたび活動再開した喜び、等々が、関西人独特の語り口で綴られている。その時々の断片を、自分との関わりで思い起こしてみると、あのコンサートに行った時、あのレコードを買った時、あのTV放映の時、・・・と断片的ではあるが、当時の思い出と符合してくる。そして「ああそういうことだったのか、あの曲にはそういう思いが・・・」と新たな発見の多い内容であった。
 彼は、かつてサックス・プレーヤーの朝本千可と結婚生活を送っていた時期があるが、現在は離婚している。CDのアルバムの中のクレジットの中に、奥さんの名前などがあったりしていたところをみれば、音楽活動の上でも重要なパートナーであったはずである。それが何年間かの結婚生活にピリオドを打った、その理由について、この本の中では、かなり抽象的な表現で語られている。性格、生活上での行き違いなのか、宗教上の問題なのか、かつて離婚で週刊誌を賑わしていた頃は、いろいろな憶測があったが、この本では、そのあたりのところが、ややぼやけた感がある。
 しかし、それはそうだろう、自身のプライベートなことを、ペラペラしゃべるのは、一般的に芸能界での所属事務所の意向、場合によっては事務所の書いた脚本を演じている、人気アイドル歌手その他くらいのものであろう。普通は他人には言わない類のものである。そういう観点から、この本を見たら、かなり赤裸々なことも書いているところは、逆にリアリティがある。【2010年05月04日】

佐々木俊尚『ネットがあれば履歴書はいらない-ウェブ時代のセルフブランディング術 』(宝島社新書)

 「セルフブランディング」という言葉、聞きなれない言葉だが、語の意味からして、自分自身のブランド化、みたいな使い方で、「履歴書」とセットで、就活の方法論が書かれているのかな、と思いつつ読んだ。
 インターネットを使い始めた頃、ヤフーなどの検索サイトで自分の名前を入力してみたことがある(今も時々することがある)。大学のホームページにあるクラブ紹介のページがヒットしたり、以前地元の自然百選の委員をしていた時のメンバー表など、今時はPDFファイルの中の文字まで検索するようである。
 近頃では、企業が学生を採用する際に、そういった名前の検索などを行なう場合もあるという。
 この本、要は、ネットを利用した「自分の売り込み方」について、最新のネット状況などを説明しながら書かれている(mixi twitter ブログ ホームページ etc)。中でも著者自身が、ネット上に自分の本名や電話番号を公表して、それでも特に困った問題は発生しなかった、と書いているところが目をひく。この問題は、個人情報やネット上のセキュリティと大いに関係し、即座には納得できないな、と感じる。著名な人物だからこそ、なのか、一般の人も同じように、なのか、たまたまそうなのか、議論を呼ぶところである。
 そのような「ちょっとひっかかる」点もあるが、今、旬な人物である佐々木氏が教えてくれるセルフブランディングのノウハウ、就活の学生はもとより、新しいツールを利用して、自分をいかに表現し、人脈を広げ、ビジネスに活用していくのか、ネット時代を生きる社会人に示唆的な内容である。【2010年04月22日】

 

元木昌彦『週刊誌は死なず』(朝日新書)

 元「週刊現代」編集長。1945年生まれというから僕の10歳年上、ちょうど団塊の世代のはしりあたりのところだ。このあたりの世代は、なかなかユニークな人が多い。朝日新書から出たこの本、衰退する週刊誌の生き残る道とは、といった話が、昨今の週刊誌を賑わした事件などとともに書かれていて面白い。
 僕はかつては、週刊誌は『週刊現代』『週刊ポスト』『週刊文春』『週刊新潮』を片っ端から1週間読み漁っていた時期がある。そして『朝日ジャーナル』『噂の真相』なども補助的に読んでいたので、マスコミがどういった事件やスキャンダルに敏感なのかは経験的に理解しているつもりである(今現在は『週刊新潮』の1冊に落ち着いているが)。そんな下地があるものだから、元木氏のこの本は、なにか昔を振り返る、当時の世相を思い出す、とてもわくわくする内容だった。きっと、そういった方面に興味がなければ、あまり面白くないだろうと思う。
 その中で、わりと新しい(といっても1年前のことではあるが)問題として、朝日新聞社神戸支局襲撃事件の犯人を名乗り出た記事のことが書かれていた。この件は『週刊新潮』がスクープとして毎週、犯人を名乗る男の手記を掲載したことから始まった問題である。それに対して朝日新聞社は、新聞の紙面を使って真っ向から反論した。そしてそのやりとりを新潮のライバル『週刊文春』が取り上げたりして、当時、マスコミ界を大いに騒がせたのである。結果として、名乗り出た男のねつ造、創作話だったことがはっきりして、新潮が謝罪、ということになった。このことは元木氏に言わせれば「週刊誌の死」に値する出来ごとと評している。
 しかしそんな状況下、週刊誌の末期的な症状をみても、なお、週刊誌の生きる道はどこにあるのかを模索しているところに共感する。マスコミについての論文を書く学生には読んでほしい1冊である。【2010年04月20日】

ショーエンK『ぼうず丸もうけのカラクリ 時給50万円、ですけど何か?』

 税理士の資格をもつ現役の住職が、お寺が絶対もうかるカラクリを明かす、との謳い文句で、昨年夏に出版された。副タイトルに「時給50万円ですけど何か?」と表紙に踊る体裁は、目にしたものが、どんな衝撃的な驚きの内容が書いてあるのか、かなり興味を引く。
 そのセンセーショナルなタイトル、宣伝文句とは裏腹に、実際読んでみると、あまり期待するほどの暴露話ではない。特に、我々、その業界関係者に近いポジションにいるものとしては、それくらいのことは、酒飲み話として承知していることが多いし、私の感覚としては、著者のショーエンK氏の誠実さ、真面目さに、いるいる、こういう人、という感じである。
 どちらかというと、読者が期待している暴露話、それはそれで事実ではあるけれども、さらにその裏側には、こんな慣行があるので仕方ない、これが日本風土に根付いた仏式なんです、という言い訳けがましい事例が紹介される。やはりその業界側(内側)の人なんだな、と思ってしまう。
 村井 幸三 『お坊さんが困る仏教の話 (新潮新書) 』が過日出版されたのだが、まだ読んでいないものの、やはりタイトルからイメージするほどのインパクトがあるのかどうか。どなたかから読後感を聞きたいものだ。【2010年04月17日】

大塚英志『大学論──いかに教え、いかに学ぶか』 (講談社現代新書)

 大塚英志は、僕と同世代の評論家で、数年前より神戸芸術工科大学先端芸術学部メディア表現学科教授に就任している。この本は、その大学での経験をベースに、漫画家志望の学生に、いかにして自立した作家にしていくか、大学4年間を教育していくか、といったことを、独自の理論で展開している。
 一般的な学問論、大学論からは距離を置き、ややサブカルチャー的な、いわゆる「おたく文化」を得意とする著者ならではの方法論が目を引く。しかし僕が興味を持ったのは、そういった技術論の部分ではなく、彼の学問的師匠と仰ぐ、民俗学者の千葉徳爾、宮田登、そしてその師匠というのか民俗学の創始者、柳田國男などが、実際にどういった方法によって、弟子に教育したのか、といったエピソードが出ている箇所である。
 著者の出身大学である筑波大学は、かつての東京教育大学が前身であり、和歌森太郎や直江広治、竹田亘など、そうそうたる民俗学者が教師陣に名を連ねる大学だった。師匠の千葉徳爾は、学生を民俗調査に連れていくのだが、列車の窓から見える地形や民家、田畑などから「何が分かるのか」といった問いを発し、車窓から目をそらすことを禁ずる。見慣れた景色をいくら見続けていても何も出てこない、苦痛である、しかし千葉は、その景色のどこに注目するのかを説く、そして地理学や民俗学の醍醐味を教えていくのである。すべてを教えるのではなく、それぞれの学生が、自ら学んだ知識を援用して、あるひとつの仮説を立て、実証していく。こういった方法は、何も民俗学に限らず、多くの学問に使われている。
 僕は、この新書にしては少し分厚い本の、その民俗のところを重点的に読んだので、本論の漫画論、表現論などのページは読んでいない。そういったジャンルに関心があれば、さらにリアルに学問論として受入れることが出来るだろう。
 余談になるが、僕は、この著者が以前に書いた論文の中で、柳田國男以降の民俗学がいっこうに理論的な自立をせず、進歩が無い、と痛烈に批判した文章を読んだことがある。その厳しい見立ての中に、僕の学生時代の恩師である竹田聴洲先生(民俗学者)が書かれた「民の常(民俗学における「常民」の理論)」の論文を評価していたことを思い出した。竹田先生のこの論文は、大塚の師匠である宮田登先生も評価をしている(「都市民俗」関係の論文の中で)。まったくエライ先生に教わったものである。
 大学時代に出会った学者、師匠となる人物が、この歳になっても思い出されることは、幸せなことである。【2010年04月14日】


 

河本敏浩『名ばかり大学生~日本型教育制度の終焉』

 先日、学校での授業時間や学習内容を定めた学習指導要領の見直し案が公表された。現在の「ゆとり教育」が学力の低下を招いたという批判にこたえる形で、国語、算数・数学、理科、社会、英語の授業時間を増やし、学習内容も今より多くなっているのが特徴で、小学校は2011年度から実施する予定とのこと(「おおよそ3」から「3.14」に、等)。
 ちょうど今から10年ほど前、私がPTAの役員をしている時、京都府PTA連合会だったかの研修会(於・宝が池京都国際会議場)で、寺脇研という文部官僚の講演会を聞く機会があった(この方は現在、某大学教授です)。内容は「ゆとり教育」の推進であり、実際にその後、学習指導要領も改訂され、現在大学生の世代が小学生の頃に、その恩恵?を受けた、ということである。
 本書は、書名こそ「~大学生」と銘打っているが、要は、先述の「ゆとり教育」が、日本の教育システムが、大学の教職員が、という論点で、学生の質の低下を説き、今後残された選択肢として、大学(制度や教員の姿勢を含む組織)が変わらなければ解決策はない、と。
 しかしちょっと待ってほしい、確かに、これまでの学校制度や社会状況によって、例えば高校生の数学力が過去の海外の高校生との比較においてずいぶん下がった、数値も明確に出ている、と言われて、その事実を疑うものはいないだろう。ただ、その当該の大学生はどうなんだろう?。
 この本は、おそらく大学の教員や運営者に向けて書かれている。なのでその対象となっている人だけが読めばいいのだろうか。否、これをぜひ大学生に読んでもらいたい。自身が幼稚園を出て、小学校に入った頃、教育制度がこう変化し、10年経ち、今、大学生になっている自分を、少し振り返ってほしい。確かにそうだった、というところもあるだろうし、そうでないところもあるだろう。そういうところから、大学生の視点から、この文脈を乗り越えるようなものを見つけてほしい。少なくとも、この大学に入学して、何かをつかもう、学ぼうと意欲をもっている学生には。
 そんなことを感じた。【2010年04月11日】

神田敏晶『Twitter革命』

 ここ数年、特に昨年あたりから「140文字のつぶやき」という言い方で一躍有名になったツイッター。新しいもの好きの僕は、今年のはじめから始めている。
 この本はジャーナリストである神田敏晶氏が、センセーショナルにツイッターの可能性を書いている。第一章からして「革命はもう始まっている」というタイトルである。そのシンプルかつスピーディなコミュニケーション・ツールは、先行したSNS(Mixiなど)やブログの隆盛を、すでに追い越し、新たなムーブメントになっているのだ、と説く。その可能性は大きいと。確かに、実際にツイッターをしていると、政治家、タレントはもとより、公共機関や大学なども堂々と「つぶやいて」いるのである。以前、アメリカのニューヨークだったかで、旅客機が川に不時着した事件があったが、あの第一報を伝えたのは、ツイッターからだった、という有名な話がある。またアイフォーンという携帯端末が飛躍的なヒット商品となった影の立役者としてツイッターを挙げる人もいる。その他・・・・いろいろなビジネスチャンスを生むのだそうだ。
 ただ現在、僕がフォローしているのは40人、フォローされているのは20人と、かなり少ない。被フォローの数が50人を超えないと「何か」は起こらないそうである。まだまだ修行が足らない。【2010年04月10日】

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