第二のふるさと・なっとうの思い出

墓参りの帰りに見える旭町の遠景
墓参りの帰りに見える旭町の遠景

僕の生まれは亀岡市の西部地域です。ふるさとは、と問われれば、今の実家の地域を指すことになりますが、小さいころの、という言葉が付くと、もうひとつのふるさとを思い浮かべます。同じ亀岡市ではありますが、やや北西に位置する旭町というところです。

 

実は生まれてから今まで住んでいるところ、そのさらに小さな単位の集落内には、同性の同級生はいませんでした(女の子と二人だけの地域でした)。小学校へ行くまでは、同級生が女の子であっても、ままごと遊びなどもやったりしたのでしょうが、学校へ行くにつれ、遊びの志向も違っていきます。そこでも、平常は隣の集落の小学生と遊ぶこともあったのですが、夏休みや冬休みなどの長期休暇の折には、私の母親の実家があった旭町に一時的に「疎開」することになっていました。そこには二つ上の従兄弟(いとこ)が居て、遊び相手にもなってくれるという思惑もあったと思います。

 

夏休みが始まれば、宿題などを持参して、ほぼ夏休みが終わるまで、そこで過ごします。野菜や果物を出荷されている家でしたので、スイカやメロンなどは、毎日食べ放題の環境にありました。また食文化の面でいえば、旭町は、現在の南丹市八木町、京都市右京区京北町、美山町へつながるところで、なっとう文化圏です。

 

通常のごはんにかけて食べるなっとう、餅に包んで食べる「なっとう餅」など、それはもう美味しいのです。現在、スーパーで売っている発砲スチロールのパック入りのものなど、足元にも及びません。なにしろ旭町の各家では、なっとうは藁つとに入れて、よく熟した少し白っぽく粉が出ているころあいで食べます(食べていました、というべきでしょうか、今はわかりません)。これは、やや匂いはありますが、本来のなっとうだと確信するものです。今のパック入りのものには、タレがついていたり、人によってはしょうゆやネギを入れたりしますが、旭町では味付けは「塩」だけです。そのぶんネバリもきつく、ごはんにかけるには、箸をかなりぐるぐる回さないと糸が切れません。しかし塩のからみだけですので、大豆というのかなっとうの自然な味がそのまま口の中で広がります。ほんと、美味しいんでよす。美味しかったんです。

 

昨日は、旭町の伯母の法事で何年振りかで訪れました。この家に来ると、小さい頃の「疎開」していた思い出、特になっとうの味を思い出します。

 

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矢野絢子

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