青梅の町並み

JR青梅駅の地下通路にも映画看板。
JR青梅駅の地下通路にも映画看板。

先週末から2泊3日で東京方面へ行っておりました。毎年やっている同窓会が千葉県船橋であり、それだけのために京都~東京を往復するのはもったいないので、いつものように建物などの写真を撮れる場所はないか、東京周辺をてくてく歩いたというわけです。ネットなどで民家を検索し、今までで行ったことが無くて、民家や町並みが保存されている青梅市が面白いと思い、さっそく宴会の翌日、早起きして行ってきました。

青梅市には移築保存されている民家の他、SLが展示してある公園もあって、撮影ポイントの条件としては期待感の高い場所でした。

ところが、当初の撮影目的の建物の存在とは別に、この町には意外な一面がありました。JRの総武線から中央線へと乗り継ぎ、約1時間ほどの道のりです。到着した青梅駅は、ホームからして、レトロな雰囲気が演出され、いきなり昭和にタイムスリップしたような錯覚を覚えました。そして駅前通りを歩くと、あるわあるわ、映画の看板、下の画像は、その青梅の町並みです。単に有名な映画の看板だけではなく、商店街の店の種類や施設にマッチしたような映画の看板もあります(傘屋=「雨に歌えば」、JR青梅駅=「鉄道員」「旅路」「終着駅」、バス停=「バス停留所」など)。

東京に限らず、映画館のある町から、このような映画の看板が消えてしまったのは、いつの頃からだったのでしょう。京都にもスカラ座、京極東宝、大宮東映などの著名な映画館がありましたし、当然、映画の看板も入口の頭上にセットでありました。これらの看板は、看板専門の絵描きさんが邦画・洋画などの印象的な場面を、タイトルや出演者の文字とともに描きあげられていました(写真ではないので本物の女優とは似ても似つかない顔の看板もありましたが、それはそれで趣がありました)。ところが、2000年以降でしょうか、シネコンという、1ヶ所で複数の映画が観られる施設(京都ならムーピックス京都とかTOHOシネマズ二条など)が台頭し、単独施設だった映画館は次々に無くなってしまいました。そして同時に映画の看板もなくなっていったのです。

まさに映画の看板は、昭和の時代とともに消えていったということになります。そして、この青梅は、その昭和の時代を感じる町です。看板以外にも、レトロな博物館や赤塚不二夫記念館など、昭和をじっくり味わうことが出来ます。

民家とSLを撮影に行ったのに、意外な街並みに時間をとられましたが、それもまた旅の楽しみのひとつでしょう。 

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矢野絢子

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