シーナ&ロケッツとブレイクダウン

1980年代のことです。京都の老舗のライブハウス・拾得のハウスバンドとして、ブレイクダウン(近藤房之助・服田洋一郎・森田恭一・小川俊英)が、毎週月曜日に出演していました。私は、当時、京都市内に住んでいたこともあり、また職場の先輩がブレイクダウンの大ファンだったこともあって、ほぼ毎週、拾得に通っておりました。安いウィスキーをボトルキープして飲むと、チャージが当時は500円くらいだったので、酒飲んで1000円以内で楽しめました。


毎週毎週、同じパターン、「 It Takes Time !」~「次は八っちゃん! Who!」「じゃぁ、10年前っていう曲を歌います」~ってな具合。けど同じパターン、同じ曲でも、まったく飽きませんでした(房之助さんのソロは強烈でした、転げまわるし弦は必ず切れるし)。そして時々、ゲストを呼んでセッションをすることもあり、そんな時は、さらにヒートアップしたライブになりました。


あるとき、鮎川誠さんがゲストで参加されたことがあって、それはそれはボリューム満杯のライブでした。鮎川さん、ほんとにカッコイイんです、拾得の狭いステージに、あのサングラスと黒のレスポールをひっさげて、身長高いし、存在感はすごかったです。

ブレイクダウンとの曲の打ち合わせなんてのは、たぶん無かったのではないでしょうか、飛び入り参加みたいなセッションでした。


私は、この時、ステージ前の丸テーブルのところで見ていました(よくステージから飛び乗ってソロ弾いたりパフォーマンスする場所です・・・ポップコーンなんか置いてあると飛散するわ、ビール瓶は倒れるわ、すごい場所です)。そして、ふと横をみると化粧の濃い派手な女性が座っているではありませんか。すぐに分かりました、ちょっと前にヒットした「ユーメイドリーム」歌っているシーナさんでした。心の中で「おぉ!鮎川誠さんの奥さん(当時はまだ恋人やったかも)やないかい!」と思いつつ、目があって、引きつりながらニコッとするのが精いっぱいの反応でした。演奏の迫力もすごかったし、あのころ必ずSONYのデンスケで録音していたので、ほどほどの時間をみながら曲の合間にカセットテープをひっくり返すタイミングを見計らうのを気にしたり、という状況で、あっという間にライブが終わったように思います。隣に座っておられたのに、一言もしゃべらずじまいでした。


シーナさんの冥福をお祈りいたします。



YouTube
「汽笛は泣いて」

矢野絢子

Starting of travel

▼駅のページ 旅の始まり

JR嵯峨野線の駅 他
JR嵯峨野線の駅 他
亀岡駅
亀岡駅
京都駅
京都駅

京都駅

Kyoto
Station

東京駅
東京駅

太田へのメッセージ

<PR・私の友人の店

American Retro Plate

ホーム へ戻る