マイ・バースデー

 フェイスブックをやっていると、誕生日には、友達からたくさんのお祝いメッセージが書き込まれます。自分のページには「今日は○○さんの誕生日です」という表示が出るので、友達になった方で義理人情に篤い方は書き込む、という流れになるのでしょう。このSNSを始めて4年ほど経過し、友達の数は400名を超えました。そんなこともありまして、たくさん書き込まれたメッセージ・コメントのひとつひとつに返信できなかったので、以下の内容で書き込みました。最近、ブログの更新もしていないので、その内容を投稿いたします。写真は、ある友人が添付してくれたバースデーカードです。

 

 

皆さま、お祝いのメッセージありがとうございます。

一人一人に返信しなければいけないのに、明日から「お泊り保育」というイベントを控え、本日は早々に就寝したく(2日分の睡眠を取らねばならないので)、まとめて感謝の意を伝えさせていただくことをお許しください。

書き込んでいただいた方々、それぞれ出会った時間や場所に違いはあるものの、どの方も大切な友人です。そして、その出会いは、まさしく私の歩んできた道でもあるな、と感じました(その時の私の仕事の中であったり民俗学や音楽といった関わりの中での出会い等々、多種多様な出会いでした)。ほんとうにありがたいことです。

 

私は昨年、めでたく「還暦」を迎えることが出来ました。職場(幼稚園)の同僚からは手づくりの赤いちゃんちゃんこ(さすがに職場がら手製です!)をいただきました。また創設の頃から関わっていた佛教大学ソフトボール愛好会の学生たちからは、出向いていた夏期合宿の夕飯どきにサプライズで赤いポロシャツをプレゼントされました(こんな気の利く若者が今時いるんです)。また生涯を通じて2組しかしていない仲人をした、その2組の家族とその仲間からは、真っ赤な60をデザインしたTシャツをいただきました(おまけに記念のパネルまで作ってもらいました)。

 

あれからの1年は、その喜びに浸りつつ、今後の私の人生を考える契機となりました。

 

今年の2月にソフトボール愛好会のOB会があり、四国でうどん店を経営している塩野君(OBさん)が挨拶で言いました。「会いたいと思った時が会いに行く時です」と。私は、そうだそのとおりだと思いました。

 

こういったソーシャルネットワークサービスによって、私が歩んできた道の通過点を、ふたたび呼び戻し、再会させてもらえるのは、インターネットの普及があればこそです(フェイスブックさまさまです)。けど一方で、その流れに乗っていない時間と場所での出会いも、それはそれでたくさんありましたし、そのひとつひとつが私の中で失われていったわけではありません。それぞれ大切な友人がたくさんいます。

 

今は仕事も忙しくて、なかなか、お一人お一人に会って、「今どうしてるの?」っていうような、じっくりと話をする時間がとれませんが、できることなら1年後は、そのスタートの年にしたいなと思っております。何年後になるのかわかりません(私にも寿命というのがありますので少々焦ってきました・笑)、フェイスツーフェイスでお会いする時には、これまでと変わらない間柄で、よろしくご対面の程、お願いいたします。

 

たらたらと文章書いていたら夜も更けてまいりました。二日分の睡眠はとれそうもありませんので、明日はドリンク剤を飲んで、夜回りに励みたいと思います。

 

皆さま、ほんとうにありがとうございました。感謝。

 

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矢野絢子

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