J・ガイルズバンド

 若い頃(高校生時代)に夢中になって聴いたミュージシャンの訃報がよく目につくようになりました。私自身も歳をとっているのですから、若い頃の現役ミュージシャンなら70歳は過ぎているので、あたりまえの話です。

 

 1976年の夏、私、大学2回生の時です。当時好きだったサウストゥサウス(vo.上田正樹)がゲストで出るらしい、という情報があって、友人と8・8ロックディというアマチュアバンドのコンテストに行きました。コンテストの形式は2日間で、初日はアマチュアバンドによる予選会(ですが、西日本の各地からのブロック大会を勝ち抜いてきたバンドですから人気実力とも相当あるバンドばかりです)と審査、2日目は、予選会入賞バンドとゲストによるコンサート、という形でした。我々は、その2日目に行きました。暑い夏の日、大阪万博記念公園内のお祭り広場でありました。今もお祭り広場は健在で、時々大規模なフリーマーケットなどやっています。

 

 その当日、結果的には、サウスの出場は取りやめとなり(郡山ワンステップで解散したらしいと後日知りました)、少しがっかりはしたものの、今思えば、サウス以外のゲストも、すごい顔ぶれでした。スターキングデリシャス、ウェストロードブルースバンド、ソーバッドレビュー等々、中でもウェストロードのホトケが歌ったブルースの日本語カバーに卑猥な言葉を盛り込んで歌っていたのは強烈な印象がありました。・・・・それらの曲もオリジナルが何かということを知りませんでした。

 よくよく思えば今ある知識はこの方々によって疑問を持ち、そのルーツを探り、そして幅を広げていく、そんな学びの機会だったのだと感じます。

 

 さて、そんなコンサートの前段、コンテスト入賞バンドは、サザン・ブリード、コールド・ラビッシュ、ファッツ・ボトル・ブルースバンドの3組でした。コールド・ラビッシュは、J・ガイルズバンドのコピーバンドだったのですが、当時の我々の音楽知識では、そのオリジナルなところまで知る由もなく、こいつらは、サウスの上田正樹(これも「お前を離さない」がオーティスレディングのカバーだったことを知らないまま)の物まねや、という評価でした。上田正樹の聴衆を盛り上げるステージングがとても印象深く、当時の我々はそれがコールド・ラビッシュが真似ている、と映ったのでしょう(オーティスさんゴメンナサイ)。

 

 そのコールド・ラビッシュは、現在も「ぐぶつ」というバンドで春一番に常連、萩原義郎さんがギターを弾いていました(ここ最近の春一番、ずいぶんお歳を召され、頭髪もさびしくなっておられます)。その萩原さんがコピーしていた、その人の名を冠したバンドリーダー、J・ガイルズさんが亡くなったと昨日のニュースでしりました。

 この画像は、その時の模様を収めたアルバム、友人が購入して、私が借りて、そのままになって、最終的に私がいただいたアナログレコードです。

 

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矢野絢子

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