ロックバンドにブルースを感じる事

先日、「シカゴブルースの父」と称されていたマディ・ウォーーターズの日本公演(1980年、於・大阪サンケイホール、私見に行きました、37年前!)のパンフレットが物置の中から出てきました。さっそくその事をフェイスブックに投稿し、その時に一緒に行った友人も、この記事に反応してくれ、懐かしい思い出を共有したわけです。そのパンフに一緒にはさみこんでいた当日の宣伝チラシ(この写真)の「ブルースこそ全てのポピュラーミュージックの原点である」というリード文に目が止まりました。

 

確かにローリングストーンズやプレスリーだって、ブルースに影響をうけて曲を作り、演奏し、歌っていたわけです。エリック・クラプトンにいたってはブルースの楽曲が大半にもかかわらずカテゴリーとしてはロックになっています。それほどロックはブルースを基調、ベースとして進化していったのだと言えるのです。表裏一体でしょうね。で、このリード文「ポピュラーミュージックの原点」というのは、宣伝文という趣旨からして、やや大げさな感はありますが、おおまかなところでブルースの影響を受けているポピュラー音楽は、かなり多いと思います。そのブルースの音楽的な特徴としてはスリーコード、リズム、アドリブ等々あることは、よく言われていますし、専門家の方ならば、もっと理論的な特徴も挙げることが出来ると思います。

 

ところでロックバンドと称される日本のバンドの中には、まったくブルースフィーリングを感じないバンドが多いなぁと思います(特に近年)。しかもヒットチャートを賑わす相当人気のあるバンドです(あえて名前は出しませんけれど)。一方で、ギター1本とかアコースティック編成で演奏している、いわゆるフォークやポップ系の演奏者の中にもブルースフィーリングをすごく感じるアーティストがいます。おそらく、ロック系も含め、そのアーティスト(または楽曲の作者)の音楽体験の中に、じわじわとブルースの影響があるんだろうなと想像します。しかしブルースフィーリングがあるか、ないか、という事が、良い、悪い、ということではありません。あくまでも、私的な嗜好の問題であります。それが無くても良い楽曲もありますし、心が安らぐような曲もあります。ただ、ロックバンド面して、どの曲もどの曲も、ふにゃふにゃした演奏しかしていないバンドは、個人的に聴く気がしないことも確かです(あくまでも私の考えです)。

 

 

 

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