畑野のむかしばなし

私は、この3月に退職、4月からは、趣味と野良仕事に明け暮れていますが、同時に、昨年12月に拝命した地元の民生委員のボランティア活動にも、まじめに取り組んでおります。そんななか、私が所属している西部地区のひとつ、件の畑野町で同じ民生委員の方から、毎月行われている定例会の席で、ホームページで「畑野町の昔話」を公開されているのは太田という方のようですが、それは、太田さん(私を指さし)本人のことですか???と、聞かれたのです。その民生委員の方は、私がホームページにアップしたデータをプリントして、畑野小学校での読み聞かせボランティアのネタとして使っておられるのだとか。いやいやインターネットの世界はすごいものです、恐らく、畑野町、などのワードで検索して見つけられたものと推測しますが、驚きました。

10年前、あれだけ、当該小学校の先生に声かけても、何のリアクションも無かった、件の私の願いが、インターネットを介して、まったく予想もしなかった方の手に渡り、私が望んでいたような活用がなされ、同時に、その地元の子どもたちに受け継がれようとしている・・・、ということが分かり、望外の喜び、ぜひとも読み聞かせなり、歴史の学習にお使いください、と伝えました。

私が民生委員をしていなければ、この畑野町の昔話が活用されていることなど、知る由がなかったわけで、本当に驚いている今日この頃です。

あのころの少年少女達(私のつかの間の教え子)は、今は50代に入った頃でしょう。父親母親になって(人によってはおじいちゃんおばあちゃんになって)、畑野のむかしばなしを、自分達の子供(孫)へ話し聞かせているのでしょうか。この文集をまとめられた担任の先生の思いは、時を越え伝わっているのでしょうか。とりあえず、民生委員さんのボランティアによって、今いる畑野小学校の生徒には伝わっていることだけは確かなようです。

 

 

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