40年前の手紙

古い手紙を整理していて、その中の1通を無作為に読み返して、無性に後悔の気持ち、自責の念が湧いてきています。その手紙を読んでいるのは、今年の3月に退職した後、60歳を過ぎた今の私です。けれども、その手紙は、私が大学に入学した頃、高校時代のクラスメイトから、私に向けて書かれたものです。したがって約40年ほど前の事になります。私がその手紙を受け取って、どのような受け止め方をして、どう感じたのか、どう返事をしたのか、それはおぼろげな記憶と想像のこととなります。はっきりいって、記憶が不確かです。

 

私は、高校卒業後、大学に入学して、卒業して、就職したわけで、その間、どのような軌跡があったのかは、それぞれの節目節目が事実としてあることですので、その、もらった手紙が、私の人生においてのエポックメイキングになっていないことは、事実として明らかなのです。今、その40年前の手紙を読み返すということは、少なくとも高校あがりの自身の読解力よりは、はるかに高いレベルにありますので、その手紙の伝えようとしていた事や、手紙を書いた人の思い、などについて、とても良く理解できるのです。そして、とても恥ずかしい気持ちになります。40年前の私も、同じように感じていたのかもしれませんが、それは行動として記憶に残ってはおりませんので、きっと、理由をつけて、その手紙の思いを遮ったものと想像しています。ごめんなさい、というしかありません。

 

 

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矢野絢子

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