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会津白虎隊

昨晩のNHKの番組「歴史秘話ヒストリア」で会津白虎隊のエピソードが放送されていました。そこでは、若くして自害を遂げた多くの隊士達の話、さらに奇跡的に生還した隊士が一人いたという話をしていました。その「奇跡的に生還」というところが引っかかりました。もしやと思ったのです。
実は今から40年以上前のことになります。私が高校生(京都府立亀岡高校)の時のことです。当時、世界史の担当で松田という初老の先生がおられました。世界史の先生でしたが、いつも話が横道に逸れ、世間話やら文学の話まで雑談が大半の時間でした。また休講も多く、我々生徒側としては、ありがたい、楽しい先生でした。そんな先生が、ある時に「私は白虎隊の子孫なんだ」と言われたことがあります。はっきりと覚えています。先生の話によれば、白虎隊が自害する際に、2人ずつで刺し違えたのだが、その全員の数が奇数であり、1人余り、一人では自害することが出来なかった、というものでした。その残った隊士の末裔が私なのです、ということでした。その話の後、私は、クラスの何人かとともに図書室に行って白虎隊の写真が掲載されている事典を確認し、その中に松田先生によく似た隊士がいて、きっとこの人のことだろう、ということで皆で納得し、事は収まったのです(そのころから私、疑問があれば即追及する、という性格があったのでしょう)。
昨夜のNHKの番組では、奇跡的に助かった隊士は、戦場の混乱により隊列からはぐれてしまい、道に迷い、一人で自害しようとしたところ助けられた、というものでした。
インターネットのウィキペディアなどによりますと、確かに隊列からはぐれた隊士が居たこと、集団自決した中にも一命をとりとめた隊士がいたことが解説されていますので、高校時代の松田先生の先祖の話が、まったく架空の話ではないのだと思います。が、それら生存者の中に「松田」という名前はありません、末裔であっても改姓や婚姻等の要因で同じ苗字ではないかもしれません。
私が高校生の頃に聞いた話、隊員総数が奇数人数で、刺し違えられなくて一命をとりとめた、という真偽は藪の中です。

 

 

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