2018年

7月

13日

今日は私の誕生日です

 豊田喜一郎が描いた夢は、フォードやGMに負けない国産の乗用車を作ることだった。残念なことに目的が達成されないまま1952年に亡くなってしまうが、その3年後、彼が積み重ねた努力が結実する。“純国産乗用車”と呼べる初めてのクルマ、クラウンが誕生したのだ。

 通産省の指導により、日本の自動車メーカーが選んだのは欧米との技術提携によるノックダウン生産だった。しかし、トヨタだけは自主開発路線を頑として譲らなかった。1955年1月、高級4ドアセダンのトヨペット・クラウンが発売された。・・・・トヨタ名車Historyホームページより。

 

 日本初の国産車トヨペットクラウンが誕生した年の7月13日、私はこの世に生を受けました。それから63年後、今現在の私がおります(写真は、そのミニカーです)。

 

 フェイスブックに登録している関係で、たくさんの方からお祝いのメッセージを頂きまして嬉しいとともに、恐縮至極、私も友達がまぁまぁ多いこともありまして、ほぼ毎日のように「今日は・・さんの誕生日、・・さんへメッセージを送りましょう!」というお知らせをいただいておりますが、何分律儀な性格で、一回送ったら、じゃぁ明日お知らせ来た人にも送るんかい、という自問自答が予測されまして、ほぼ1年365日の(FB上での)日課になることに恐れをなして「申し訳ない、ちょっとスルーさしてな、」という、伝わりもしない架空のメッセージを発してしる日々です。

 

 そんな私に、律儀に送ってくださった皆様、文化人類学での贈答の習俗(頂いたらその同額かそれ以上のモノを贈り返す法則)は、適応されませんので、今後とも、この不義理、ご理解のほどお願い致します。

 

 誕生日に言い訳してます。

 

 フェイスブックの投稿より引用しました。

 

 

 

2018年

7月

07日

今和次郎『民家』

アマゾンから今和次郎『日本の民家』が届きました。先日参加した亀岡の町屋巡りの講座に参加した際、講師の先生が「これは今和次郎の名著です」と紹介されていたので気になっていたのです。

 

今和次郎は「考現学」の提唱者です。「考古学」に対して「現代を知る」という意味で付けられた造語です。この流れになる前、美術学校を出て、非凡なスケッチ、画才を見込まれて、大正~昭和にかけて、御大、柳田國男の下で全国の民家を訪ね歩いた、その成果の一部が、この『日本の民家』です。

 

全国の民家のスケッチ、その解説が書かれていますが、今和次郎の描く対象は家屋全体の姿に止まりません、付設する施設・井戸や小屋、便所、さらに囲炉裏、民具などが細かく描写されているのです。解説文も書かれていますが、読むというより見る本だと感じました。文庫本ではなく、もう少し大きな紙面で見たいものです。

 

 

2018年

7月

03日

日本縦断こころ旅

NHK-BSで放送されている人気番組「にっぽん縦断こころ旅」で、私の亀岡高校時代の同級生(女性)の手紙が読まれ、火野正平さんが亀岡市保津町を訪れます。彼女は、結婚後は地元を離れていますが、京都府の小学校教員をしていたので、知っている人もいるかもしれません。お時間のある方は、ぜひご覧ください、もちろん私も観る気満々です。

 

今週、7月5日(木)7:45~8:00

 

再放送 同日   23:45~24:00

 


「にっぽん縦断こころ旅」

 

 

続きを読む

2018年

6月

26日

モノが捨てられない私

土蔵の2階にあるCD・LP等々のライブラリー
土蔵の2階にあるCD・LP等々のライブラリー

 とりあえずとっておく、との自身の意向により、とっておいたもの・・・、段ボール箱、組み立て棚に同梱(板状の)発砲スチロール、論文の下書き、手提げ袋、年賀状、歌詞カードのコピー、6年前の職場の新人職員が作ったてるてる坊主、チョロQ、日本最北端到着証明書、幸福行きキップ、平凡パンチ、週刊誌、夕刊フジ、ボーイズライフ、ミュージックライフ、ミュージックマガジン、旅ガイドブック、園児にもらった鉛筆立て、白黒の民具写真、使わないPC、それらの頂点に立つのは、なんといっても、なにやかや「とりあえず」買っておこう、とっておこう、で収集されたCD、LPレコード、シングル盤・・・等々でしょう。

 

 これらのモノが我が家に残存出来るのも、ひとえに住んでいるところが田舎であり、土地や建物・小屋・物置と、スペースの余裕があるからのことであり、例えば東京都心に4LDKの比較的大きめのマンションに住んでいたとしても、これだけのモノを収納するには限度があり、相当のモノを処分しなければ、生活に支障がでることでしょう。亀岡に感謝です。

 

 さて、辰巳渚というライターが書いた『「捨てる!」技術』という本が、ベストセラーとなったのは2000年。当時、私も、その本を買って、なるほど、と思いつつ、読んだ以降も、ほとんど実践できずに約20年ほど経っています(その結果が上述のモノ・もの・物)。

 

 昨日、京都市内からの帰宅途中にブックオフに立ち寄り、100円(税込108円)の棚(文庫本)を物色していて、立花隆『ぼくが読んだ面白い本・ダメな本 そしてぼくの大量読書術・驚異の速読術』という本を見つけました。初版が2001年となっていたので、『捨てる~』のベストセラー後に出されたものです。その最終章に「『「捨てる!」技術』を一刀両断する」という項があり、タイトルからして辰巳氏の同書のことを批判しているのだろうことが想像できました、面白そうなので購入。

 

 帰宅後、その項だけを読了、あの冷静沈着風な立花氏が書いているには少し感情的な文体だと思い、少し違和感がありました。他の章は読んでいないので、どういう流れで、こうも過激な文体(の章)になったのか、不思議だったので、ネットで検索してみました。

 

 本文の内容と併せて整理すると、要は『「捨てる!」技術』が大ベストセラーとなり、それをNHKクローズアップ現代で取り上げ、辰巳氏(捨てる派)と、立花氏(捨てない派)の討論があった(で、その番組内で瀬戸内寂聴さんが「モノへの執着を捨ててこそ出家の道を歩むこと云々・・・捨てること大賛成」と言い出したから話がさらにややこしくなったようです・・・)、番組には限られた時間の中で討論するという制約があり、立花氏は自分の思っていることがまったく言えなかった不満があり、その後、「文芸春秋」に番組で言えなかった事、思いのたけを存分に書きまくり、掲載され、新たに『僕が読んだ~』の刊行が進み、急きょ追加でこの雑誌の記事が最後の章に載り、単行本化(2001年)、その後文庫本化、ということになります。

 

 立花氏は、蔵書や執筆に要した資料は、基本「捨てずに」猫ビルという建物を建てて保存保管しているそうです。が、つまらない本、例えば辰巳氏の同書などは即、捨てます、と書いているところが、なかなか感情的になっています。蔵書のすごい例としては、司馬遼太郎記念館の吹き抜けの壁面すべてに開架されている図書6万冊が思い起こされます。

 

 この立花氏の主張などについても、ネット上では、どっちもどっち、そこまで論破するほどのことかと、やや冷ややかな意見が散見できます。私も、確かに立花氏が本気で怒るほどのものなのか疑問もありますが、しかし基本的に私は立花氏の立場を支持するところがあります。

 

 少し話が逸れるかもしれませんが、生命保険に入っている方も多いかと思います。特約として入院給付や手当などが付いていて、生きている時の為に利用できるものもありますが、基本的には、その人が死んだ時に、その親族に数千万円の保険金がおりる、というものです。毎月毎月、その保険料、数万円を払い続け、自分が死んだ時に家族が路頭に迷わないように願って、日本人の家意識の永続性を巧みに使った商品なんではないのかと、私は少し懐疑的です。

 

 この辰巳氏『「捨てる!」技術』の中に、次のような話、考え方が出てきます。

 

 「記念や思い出など、特別な感情がくっついているモノ。これがじつは多いのだ。写真、アルバム、プレゼント、年賀状(略)母親手作りの洋服、子どもが使わなくなったオモチャ・・・これらを聖域にすべきでない、それはあなただけの価値にすぎない、アンタッチャブルだと思っているのは、じつは自分だけ、しかし、あなたが死ねばみんなゴミなのだ。たった今、交通事故であなたが死ねば、あれほど大事にしていたアルバムは打ち捨てられる。本はひと山いくらで古本屋に買い取られる。それなら、死ぬ前にもっとすっきりさせたほうが気持ちがよいではないか」

 

 ここに立花氏は猛烈に反論しています。

 

 「死ねばみんなゴミ」というのは、その通りだろう。しかし、死ぬ前はみんな生きているのである。その人が生きている間ははその人が大事にしているものもゴミではなく生きているものである。(略)だからといってそれがなぜ死ぬ前に聖域なんか全部捨てちまえということになるのか。(略)誰にとっても、死んだらどうなるかより、いまどう生きているかのほうがはるかに大切なのである。

 

 私は 立花氏のいうように、いまどう生きているか、が大事だと思います。毎月数万円の保険料を、掛け捨てで払うより、その金でたまにご馳走食べるとか、たまに旅行するとか、のほうが有用なんでは、と思います。

 

 

2018年

6月

17日

亀岡の民家探訪ウォーキング

ガレリア亀岡の主催「建築と民俗学が解く、ブームの正体」というイベントに参加してきました。前半、亀岡の町屋めぐりと、後半、講師によるトークでした。現地を歩きながらの建築の解説も楽しかったし、その後の町屋を活用した集会所でのトークイベントも、久しぶりに民俗学のアカデミックな刺激を受けました。講師の堀田先生が、吹田のみんぱく開館時の職員だったこと、その際に、民俗学の中でも「モノ」を対象として研究した今和次郎の成果、現代的な意義について説明され、大変興味深く拝聴しました。

 

 

 



このホームページはJimdoで作成されました

Jimdoなら誰でも簡単にホームページを作成できます。レイアウトを選んだら、あとはクリック&タイプでコンテンツを追加するだけ。しかも無料!
Jimdo jp.jimdo.com であなただけのホームページを作成してください。


YouTube
「汽笛は泣いて」

矢野絢子

Starting of travel

▼駅のページ 旅の始まり

JR嵯峨野線の駅 他
JR嵯峨野線の駅 他
亀岡駅
亀岡駅
京都駅
京都駅

京都駅

Kyoto
Station

太田へのメッセージ

<PR・私の友人の店

 

American Retro Plate

ホーム へ戻る