2017年

11月

17日

クニッテルフェルト通り

JR亀岡駅前も秋ですね~。

 

 

2017年

11月

14日

日吉ダムと離村 Ⅱ

村にあった民家を資料館の敷地に移築した民家
村にあった民家を資料館の敷地に移築した民家

このダム建設、移住に関しては、当時、ダム成金とか、ダム長者のように村人が揶揄されたようです。実際、移転された土地には、立派な一戸建てが並んでおります(亀岡にもあります)。また補償金なども払われていたと思います。あれから30年、「村」は消え去り、また当時住んでいた人々も世代交代が進み、かつての「村」の様子を知る人も少なくなっているようです。今回の写真展にえがかれた子供たちもずいぶん歳をとっていることと思います。長年住んだ家屋や神社・寺、その他の景観も今見ることは出来ません。

 

少子・高齢化社会の結果として過疎化、耕作放棄地などが言われて久しい現代ですが、それでも、その「村」(土地や景観)は存在しているわけです。一方、ダム建設により、今まで住んでいた「村」そのものが無くなる、水没する、というのは当事者にとって、また社会として、どう解釈すればよいものでしょうか。土地や家は、代替地が与えられるのかもしれませんが、古くから行なわれてきた習慣、祭りごと、組織の運営、それらを包括した地域文化が消失したことになります。いずれ数十年後、100年も経たないうちに、その村は忘れ去られることになるのかもしれません。

 

この在りし日の写真は、それらの記憶の消失に抗う1葉となるのでしょうか。

 

 

2017年

11月

13日

日吉ダムと離村

日吉ダムをご存じでしょうか。南丹市日吉町にある桂川・保津川の上流にある大きなダムです。ダムに隣接した施設としてスプリングひよしは、日帰り温泉として人気があります。

今から約30年前、このダムの場所に2つの集落があり、154世帯、約500人の人々が生活していました。ダムの建設により、村落は湖底に沈み、人々は隣村へと移住していきました。離村の際、大半の家屋は解体され、貯水に影響のないようにされたようですが、道路や自然の地形などはそのままに、今でも水の中に景観をとどめているようです。

ダム建設が決まって離村するまでの8年間、一人の写真家が、この2村の風景、人々の暮らしぶり、老若男女の表情を撮りつづけたのです。新保隆久という写真家です。

今、日吉ダムに近い南丹市日吉町郷土資料館(府民の森内)で、新保隆久氏の写真展を開催しています(本日行ってきました)。彼は、入村時、とても偏屈な人だったそうですが、やはり8年という歳月により、人々との関係は自然と打ち解け、濃密になっていったのでしょう。写真に写る人々のカメラに向けたまなさしから、その信頼関係が伝わってきます。とても心温まる展示でした。今月26日まで開催しておりますので、お近くの方はぜひ足を運んでみてください。入館料は大人200円です。

 

 

2017年

11月

08日

亀岡・鍬山神社の紅葉

京都市内の沓掛インターから京都縦貫道を北部へ進んだ際に、最初のトンネルをぬけると晴れた日でも一面雲海の世界、視界は真っ白、ということがよくあります。それほど「亀岡の霧」は京都府下でも有名な自然現象です、特に今の時期。このことは周囲を山に囲まれた自然環境(亀岡盆地)と桂川(保津川)の水分が発生の要因といわれております。

その昔、この地域は湖であったといわれております。そこで大国主の神(神話の世界です)は、溜まった水を抜くために、現在の保津峡を開削して豊かな土地を生みだした、というのです。その際に使用した「鍬」を積み重ね置いたことから(置いた場所がこの地であったことから)命名されたといわれております。ただし、この話に関する文献は皆無ですので、いわゆる言い伝え(伝承)ということでしょう。

一方、民俗学の観点からみれば、古代神社の祭祀は農耕神であることが一般的であり、豊作祈願のために神社を置いております。農耕作業に欠かせない「鍬」を祀る場所(山)だった、とするほうが、妥当なところと思います(し、そういう説もあるかと思います)。

 

ま、亀岡→盆地(霧の都)→もと湖→保津峡谷開削→水抜き(保津川下り)→亀岡の繁栄、と捉える方が興味深い話ではありますね。

 

 

2017年

10月

26日

一人暮らし高齢者の集い

本日は、隣の町、南丹市園部町の一人暮らし高齢者のつどいに参加し、友人のハーモニカの伴奏(ギター)で出演してきました。ギター演奏自体は10分程度の短いものでしたが、その友人がPAの設営等の提供していることもあり、演奏時間以外は、社会福祉団体や民生委員の企画したお年寄りの為のステージを盛り上げるべく、マイクの移動や設営、カラオケの手伝い等々、裏方の仕事(ま、私もボランティアということですが・・・)に終始した一日でした。
今年に入って、オヤジバンドをやったり、PAの手伝いしたりと、フリーの身であるからこそ出来る、いわゆる好きな活動に専念しているなぁと感じます。自ら進んでやっており、報酬や見返りも気にせずできるので、気分は良好です。ご褒美といえば、お昼の弁当は私にも配給され、美味しく頂きました、ごちそうさま。

 

そして本日思ったこと・・・・・。

 

集まったお年寄りは、全員が一人暮らしの方々です。どの方も皆お元気で、落語の話に大きな声で笑っているし、音楽に合わせて踊っているし、またカラオケ歌って楽しんでおられます。それだけみれば、幸せな老後、楽しい老人の集い、ということになるのかもしれません。しかし、こういう地方都市ゆえに、さまざまな事情により、生まれ育った、あるいは他所から嫁いで何十年暮らした、その家を離れることなく、今は一人暮らしを余儀なくされているわけです。天涯一人身という方もいらっしゃるとは思いますが、大半の方々は、子供や孫とは一緒に暮らしていないことになります。この笑い声、楽しむ笑顔の裏側に、遠く離れた場所にいる家族の姿を感じないわけにはいきません。

 

 



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