太陽の塔の内部が、48年ぶり、昨日から公開されています。生命の樹をメインとした人類の進化の過程をオブジェで展示しているとのこと。私は、1970年万博当時、中学生でした。町内の日帰り旅行や個人的なもの含めて5回ほど行きましたが、残念ながら塔の内部には入ったことはありませんでした。当時は連日多くの人出で有名なパビリオンはどこも2時間待ちなどの状態、当然メインの太陽の塔付近の施設も長蛇の列、だいたい我々が万博へ行くとすれば、土日や休暇日になります、ので当然、人出もあるわけで、自然とマイナーなパビリオン、アジア・アフリカ諸国で小さな国のパビリオンをスタンプもらうのに歩き回る、という具合でした。
今回の公開で、それを見るチャンスが訪れたわけですので、行かないわけにはいきません。が、ニュース報道によると7月ごろまでは予約で一杯だとか。あせることはありませんので、今年中には拝見したいと思っているところです。
それにしても、70年の万博閉幕後、ここにあった4つ目の顔、地底の太陽のオブジェ(もちろん岡本太郎作)は、兵庫県の美術館で展示されることになり、いったん県庁だったか市役所だったかの空き地に移送され、そのまましばらく野ざらし、時間が経過して行方知れずとなったようです。今回の公開にあわせて改めて復刻されたようですが、これはあくまでも当時の写真などを基にした復元模型にすぎません。太郎作のホンモノは、どうなってしまったのでしょうか。記録されたものは無い、とされていますが、ぜったい知っている人はいるはずです。事が明らかになるのを恐れて言わないだけだと感じます。あんな大きな造形物が役所の空き地にあったわけですから、それをどうしたくらい知っている人がいてもいいはずです。
→この写真は、2011年に岡本太郎生誕100年の記念で、エキスポパビリオンで特別展があった際に撮影したものです。これも複製物になるんですが、その後、このオブジェはどうなったのかも、ちょっと気になります。