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日本民家集落博物館

 服部緑地内にある「日本民家集落博物館」は、1956年(昭和31年)に設置されました。我が母校の社会学部にいらした鳥越浩之先生(現在は桃山学院大かな?)のお父上、鳥越憲三郎さん(民俗学者)が提唱して出来た施設です。東北の曲家、飛騨の合掌造、奄美大島の高倉など、全国の民家を展示公開しています。

 

 開園から約20年後に、70年万博の跡地をどうするかで当時の文部省や有識者が検討し、戦前、宮本常一などの研究者を経済的に支援した渋沢敬三が切望していた民族学博物館を建てることになったのです。展示品としては、渋沢が収集した日本・世界の民俗資料、「太陽の塔」の岡本太郎が、万博開幕に際して収集した世界の仮面、等々が展示されました(その後続々と独自の収集が進みます)。さらに付設の施設として全国の民家を移築して展示しては、という話になったそうですが、それは豊中市にすでにあった「日本民家集落博物館」があるではないか、ということで却下となり、それではと(よほど民家に熱心な学者さんが・・・)、博物館内に日本の民家模型を展示することになりました。

 

 模型といっても、よくある実物の何分の一簡単なものではなく、その民家が存在していた「時」を切り取り、その時の「生活」を何分の一に縮尺したものです。洗濯物が干してあったり、犬が走っていたり、茶の間には食事風景があったり(これはマイクロスコープで見ないと確認できません)、すでに民家研究の第一人者、今和次郎(考現学で有名→後の赤瀬川さんらによる路上観察学に発展)さんの業績を参考に、非常に精密な民家模型が出来て展示されています。一説によると、これら4棟の模型の制作費用は、実際の民家移築よりも高くついたそうです。

 

 昭和31年に鳥越憲三郎さんが、ここ豊中に民家博物館を造らなければ、吹田市にある70年万博の跡地には、全国の民家が移築して展示されていたことでしょう。そんなことを思い出しました。

 

 

 

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